第四二話 Multi Abilities

「二十人も人をさらってんのか?」


「いえ、さらったというより……その人たちは自分の意思でついてきているんです。その人数はのべ五十くらいでしょうか」

「わたしもそうよぉ」

 失木が菓子を上品にほお張りながら付け加えた。不死川はまだ完全には理解することができない。


「なんで辰坊しんぼうについてくんだ?」

「かっこいいから……

「力が影響しています」

 失木が独自の見解を述べようとするのを、和登が遮って言う。


「ああ、複数マルチのほうのか。なんだったっけか」

 不死川は詳しく聞いた覚えがなかった。幼い頃会った索田は境遇が特殊だったゆえ、不死川は細かく事情を聞かないようにしていたのだ。複数マルチというのは複数特殊技量マルチアビリティの略称で、マルチといいながらも普通はの力を備え持つ者のことを指す。


「近づいた女性を魅了します。遺伝ではない、偶発性の力です」

「だから辰二郎さんは簡単に女の子を捕らえられるのよぉ」

 失木が補足して笑う。和登は笑いごとではないと思った。

「それで、さっき言った二十というのは、ついてきた人数ではなく人身売買で先生が業者に売った人数です。次の売買は日曜――明後日を予定しているようです」


 しばしの沈黙の後、不死川が口を開いた。

「これは、思ってたよりやらかしてんな、辰坊……。坊主はいつ気づいたんだ?」


「……二年半ほど前には。俺が気づいた頃にはすでにかなりの数の取引をしていたようなので、もっと前からだと思います」

 和登は床を見つめて答える。これほどまで長い期間見て見ぬふりをしてきた自分に、ほとほと愛想が尽きていた。


「四年前には確実にやっていたわよぉ」

 失木が訂正した。それを聞いて和登はさらに複雑な気持ちになった。

 索田はそんなにも前から人身売買に手を染めていたのか、自分は当分のあいだそれに気づくことができていなかったのか、とうんざりした。

「四年前ってーと、辰坊が三二、三歳くらいか」

 不死川は無精ひげに触れながら、自分のなかで確認するようにつぶやく。不死川にとってはつい最近だと思った。時の流れの感覚が普通の人間とずれている不死川にとって、たかが数年など誤差の範囲内である。

「四年前はちょうど長月学園ができて、わたしが採用されて働きはじめた頃よ。もちろん、その前からやっているかもしれないけれどねぇ」

 和登は自分の感情を振り払い、今は状況の整理をすべきだと頭に叩き込んだ。

「四年前というと、並行して二本目の論文も書いていました。それも原因の一つかと」

 和登はさらにもう一つ付け加える。

「力の遺伝に関する論文です。先生は前から力に対する異常な執着があるようでした。強い力とか珍しい力の人を招いては、色々な話を聞いていたと思います」

「わたしも面接のあと招かれたわねぇ」

「そうでした」


 しばらく二人が情報を整理するのを見守っていた不死川だったが、やがて和登に向かって言った。

「お前の技量はいつも人さらいために利用されていたのか?」


 和登は勢いよく首を横に振る。

「違います。先生はいつも、なるべく俺をこの件から遠ざけているような感じでした」

 実際に和登は、探偵業の手伝いとして特殊技量アビリティを使っていた。索田の欲望のためだけに特殊技量を使わされたことはない。里佳の件を除いて。


 不死川は目を細めて、和登の頭をがしがしとなでた。

「お前も苦しかっただろ。敬愛するセンセイと、良からぬことをするセンセイに挟まれて。よく頑張ったな」


「そんなことは……」


 和登は不死川と失木が苦手だった。和登のことをいつも子ども扱いするし、すべて見透かされているような気がしたのだ。ごく簡単なことで褒められる。そしていつも、そのことを和登にまっすぐ伝えてくる。彼らに褒められると、和登には鬱陶しいような、くすぐったいような、なんだか収まりの悪い感情が芽生えるのだ。


「それにしても、できれば自首させてぇよなぁ。少しは罪が軽くなるかもしれん」

 不死川が大きく息をついて言う。

「俺もそう思っています。それで」

 そのために二人にまとめて協力を申し出たのだ。和登は不死川の手を避けて一つ咳払いをすると、話の方向を変える。


「日曜の夜に業者が来ます。夜といっても日付をまたいで翌日の明け方頃だと思います……いつもそうなので。その時先生は村雨むらさめさんを売る予定でいるので、できればそこで説得したいな、と」

「金髪の嬢ちゃんか?」

「ええ。おそらく失木さんが指示を受けているかと」

 和登は失木を見て言った。

「そうよぉ。聞き分けの悪い子でしょうからって、この睡眠薬を受け取ったわ」

 失木はそう言うと、胸から小瓶を取り出した。

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