ソロモンなふたり

最早無白

ソロモンなふたり

 バディ制度。少子化による人口減少を危惧した政府が発令した、十八歳以上の男女の結婚と出産を促進させる、聞こえがいいだけのな制度である。

 結婚式代はタダ、同棲するのであれば毎月十万円が支給され、子どもを産む際にかかる費用も全て免除。こんなにもメリットがついてくるのだから、日本の人口は確かに増えた。発令から約五年がたった今、日本は結婚一択な国になってしまった。


 、の話ではあるが。


 良い側面を紹介したところで、次は俺が何を以てこの制度を最低最悪と酷評しているかを説明しよう。といっても、大体の察しはつくだろうが。

 バディ制度が発令されたことで、当たり前であるが日本は『既婚者』が増えた。今こうして愚痴を垂れている瞬間にも役所に婚姻届を提出しているカップルもいるだろう。そうやって二人ずつ既婚者多数派が増えていった結果、未婚者少数派は白い目で見られるようになった。国の意向に反するだのなんだのと、結婚しておめでたくなった頭で拡大解釈をしてしまっているようだ。


 そのため従来ならプロポーズの際に女性に贈るものであった婚約指輪が、交際を開始してに贈るものとなった。順序が逆転してしまったのである。理由は簡単、左手の薬指に指輪がはまっていないと、既婚者に淘汰されるからだ。かくいう俺も、不当な扱いを受けないようにダミーの指輪をはめている。

 では指輪をはめていない女性に声をかければよいのでは? 否、実はそれはこの国において最もやってはいけないことなのだ。そもそも未婚の女性は襲われないようにダミーをはめているし、はめていない女性はほぼ確実にバディ制度の範囲外であるだからだ。普通に通報されて捕まる。なんでも檻の中はシャバの何十倍も結婚歴にこだわっているらしい。おそらく出てきた時に未婚だと、未婚&前科持ちのダブルパンチで先の人生がほぼ詰んでいるからだろう。


 ちなみに結婚相談所は破綻した。学生の時にバディを見つけ、卒業後すぐにゴールインするまでの流れが当たり前のモノとなってしまい、既婚者世間から不必要の烙印を押された。なんで政府はこっちも奨励しないんだよ。もう未婚者達はただの労働力エンジン、もしくは要らない存在なのだ。

 そのうえ俺は、五年前に交通事故に遭って以来右腕が上手く動かせない。こんなポンコツを拾ってくれる女性なんてどこにもいないよな。


 はぁ、考えただけで辛くなってきた……。エナジードリンクに手をかけ無理矢理頭を切り替えようとした、その時だった。


「社会に適応できずに、あぶれてしまった負け犬よ」


 眼前には、角と羽を携えた異形の存在がそびえ立っていた。夢か? 幻覚か? 目をこすり、もう一度前方を確認……まだいる。


「あなたは?」


「お前らの言葉で名乗ろう。我はソロモン、七十二の悪魔を従えし者。というかお前から名乗れ」


 ソロモンって、ゲームでよく出てくるあのソロモンか!? 


陣晴臣じんはるおみ、です……。それより、なんで俺の所に?」


「言わなくとも分かるだろうに……事実確認を兼ねて教えてやろう。我がここへ来た理由はただ一つ、お前が未婚者負け犬だからだ。しかし結婚は一人では成し得ないことも我は知っている。結婚しろと政府のバカどもはほざいているが、その関係を結ぶ相手はもう残っていない。厳密には身につけざるを得ない指輪ダミーのせいで見つからない、か」


「そうです。はっきり言って、あの制度はクソですよ。確かに今の今まで相手を見つけられずにきた俺にも落ち度はあります……だけど、前提からおかしいでしょう? 結婚はこの先の人生を決める大事なことだ! その指針は国が簡単に、勝手に決めていいことじゃない! そのうえ、権利を得た既婚者の奴らによっては、いつの間にかにすり替わっている! あぁ、パスポートさえ持っていれば!」


 後半はさっきの愚痴の続きを垂れ流しただけの、ただの負け惜しみだ。


「落ち着け、お前が暴れたところで何も変わらん。むしろ変えられるのは我の方だ……悪魔達によってだがな」


「悪魔……魂でも持っていくつもりですか」


「ああ。その代わりに、お前に七十二柱を貸す。どう使うかはお前次第だ。強大な力を以て、積もりに積もった鬱憤を晴らすもよし……色欲の女豹シトリーで理想の女を創りだして愛でるもよし……どうだ、悪魔と相乗りする気になったか?」


「悪魔に魂を売ったら、どうなるんですか……?」


「揺らいでいるな。『悪魔に魂を売る』という言葉が独り歩きしているだけで、実はさほど深刻なモノではない。精神が侵される心配もない。死後、悪魔達によって魂が喰われるだけだ。不利益としては……転生ができなくなるくらいか」


 転生……少し前にブームになっていたアレか。あの概念って本当にあったんだな。要は、『生まれ変わったら~』がなくなるのか。記憶が引き継がれるわけでもないだろうし、今の状況が少しでも良くなるなら、答えは一択なのでは?


「分かりました。七十二柱の力、お借りします」「よし」


 おもむろに俺の右腕を掴むと、わずかに圧をかけた……肩まで上がるようになっている! これも悪魔の力なのか!? 一方のソロモンは生えていた角と羽が消失。十八歳から二十歳ほどの、女性の姿に変わっていた。なんだかどこかで見たことがあるような気がしないでもない……どこかで会ったかな?


「これでお前に七十二柱が宿った。あとはこれを渡しておく」


 ソロモンはなぜか背負っていたリュックサックからファイルを取り出すと、それを俺に渡してきた。なんだこれ?


「これは?」


魔導書ゴエティアだ。悪魔達の権能を詳しく書き記している、いわば説明書だ。他に質問はあるか? なければ我はここから去るが」


「あなたはこれからどうするんですか? 多分ですけど、あなたの体はただの人間になっているはず。何か食べないと死んじゃいます! そうだ、しばらくここにいてください! あなたさえよければ、ですが……」


「優しい男だな。五年前であればいい女に、めぐりあう可能性もあったろうに。お言葉に甘えるとしよう。それと、我……失礼、今からはが正しいですね。七十二柱を譲ったことで、私とあなたの立場は逆転しました。敬語は無用です」


 えっ、そんな急に態度変わっちゃうの!? さっきまであんなに王様感出してたのに? ってやめろ! 『どうかなさいました?』みたいな目でこっち見んな! 

 どうすればいいんだ……ええと、ええと……。


「急に敬われても困るから、お互いタメ口でいいよ。その方が俺も楽だし」


「そうか。では我とお前は対等な存在でよいのだな。であれば……アイスを持ってこい。美の運送者セーレを呼び出せば一瞬だぞ? ほら、魔導書の七十ページ開いてみ!」


 ああうるせえ。中二病をこじらせたJDもどきが爆誕した瞬間である。だが……


「ふっ、甘いな……アイスなら冷凍庫に常にストックしている。セーレなんて呼ばなくても事足りる!」


「え、つまんな。せっかく貸してやったのに使えよ! 返してもらうぞ!」


 権能を失った右手で、彼女は俺の頭をぽかぽか殴る。あれ? 意外とかわいい?


「わかったわかった。バディ制度に有効そうな奴は……」


 魔導書を手に取り、パラパラとページをめくる。悪魔達のプロフィールや権能が一ページに一体ずつ記されている。これ、説明書というよりカタログじゃない? 

 誰かめぼしい奴はいないかな……あっ、コイツとかいいかも!


「なぁソロモン、悪魔ってどう呼び出すんだ?」


「記載されている数字と悪魔の名前を言えば出てくるぞ……ゴチ」


「ありがとう。よし……五十六、グレモリー!」


 叫んだ瞬間、突如右腕から煙が立ち始める。やがて煙は一つにまとまって人型になり……アラビアンテイストの女性が現れた。


「はぁ~い! ソロモン様にご指名されました、砂上の恋愛講師マスターこと、グレモリーちゃんでぇ~す! ……って、あれ? ソロモン様から悪魔の気配がない!? じゃあ、ワタシを呼んだのは一体だぁれ~!?」


「こいつ」「あ、俺です……」


「あれあれ? ソロモン様、ワタシ達をこの坊やに移しちゃったんですかぁ~!? ということは、今度は坊やがソロモン様なのですね! きゃ~!」


 テンション高っ。敬語で喋ってる割には完全に俺で遊んでるし……。

 俺は彼女にバディ制度の概要を説明した。さて、自称恋愛マスターのグレモリーはどう答える?


「えぇ~!? そんなの嫌だぁ~! ワタシはすぐいいオトコを見つけられるからいいけどぉ~、他のコはそうもいかないよねぇ~……って、だからソロモン様はワタシを呼んだのかぁ~! なるほどぉ~!」


「言っていいことと悪いことがあるだろ、あんた悪魔か!」


「うふふ、悪魔でぇ~す!」


 あっ、そうだった……。そして先代! そのゴミを見るような目をやめろ!


「ていうかぁ、お嬢様もまだ未婚でしたよね? いっそ二人がくっついちゃえばいいんじゃないですかぁ~? 意外とそのつもりだったりして!?」


「えっ!?」「それは……その……」


 彼女はもじもじしながら俺を見る。え、なにちょっとまんざらでもないって感じ醸し出してるの!?


「えと……我のこと、覚えてない……?」


「いや、どこかで見たことあるような気はするんだよ。どこでだっけ……?」


「五年前! お前は我を、車から守ってくれたっ!」


「五年前……助けた……。あー! あの時の女の子!?」


「うん。高校を卒業したから、お前に思いを伝えに来た。こんなのでいいなら……是非とも、我と契約結婚してくれ……!」


 いきなりの逆プロポーズを受けてしまった。あまりにも突然のことで正常な判断はできないが……。このご時世贅沢は言えないし、何より五年も俺を思ってくれていた女性となら、この先も幸せに暮らしていけるはず……!


「ああ。悪魔と相乗りした者同士、最後の人生を最後まで一緒に生きよう」


 動くようになった右腕で、彼女をきつく抱き寄せた。


「ていうか、なんでソロモンの力を持ってたんだ?」


「中二病をこじらせて、ノリでやってみたらできた」


 マジかよ……。

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ソロモンなふたり 最早無白 @MohayaMushiro

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