日本で異世界に召喚されましたが、俺はタイ人です。

孫 晃

第1話 異世界召喚は日本人優遇説

気が付くと俺は暗い空間にいる。


床も壁も石で作られ円の形の部屋の真ん中に俺はいる。いや、俺達だ。俺以外、4人の少年少女もいる。


そして俺達を囲んでいる謎の集団は怪しげなローブを身にまとい、目は見えないけど多分俺達を見据えている。その中に一人だけがローブを着ていない。彼女は上品なドレスを着ている。一目で高級だとわかる飾りとその美貌は彼女の身分が高い事を物語っている。


「強引な形で呼び出したことお詫びいたします、勇者の方々。しかし先ずはお話を聞いていただけないでしょうか?」


彼女はそう言った。暗闇の中に輝く金髪と炎天下の空のような目とマーブルのような肌、全部が彼女が白人だと示しているが、彼女の口から出た言葉は日本語だった。


いや、多分日本語だと思う。俺もよく分からない。さっきの話も半分しか聞き取れなかったんだ。そんな難しい言葉を早く言わないでほしい。俺は日本人じゃないから。俺はタイ人だから。


まあ、そんな状況だけどひとまず俺の心境を叫ばせてくれ。


「พาสปอร์ตกู!!!!」(俺のパスポートが!!!!)




******




俺は大学を卒業すると就職活動を始める前に日本に旅行に来た。母に無理に頼んで飛行機代を一部負担してもらい、残りは自分の貯金をかき集めて東京、栃木の旅行計画を立てた。


そこまでして俺は日本に来たかった。ずっと夢だった。俺は日本と日本の文化に憧れ、いつか日本に行く為に日本語を勉強していた。まあ、俺はそんなに頭がよくないので今でも日本語能力試験の3級しか持っていないが。


仕事が始まってしまったら、多分しばらく旅行する余裕なんてないと思ったから行くなら今しかない!と思った。そして本当に来れた。やったぜ。


10年くらい前だったらビザ申請のために10万バーツ(35万円)くらいが入っている口座の財務諸表を提出する必要があったが、今タイの政府と日本の政府の交渉によってビザは作らなくていいことになった。ありがとうタイ政府。ありがとう日本。俺、沢山お金使うからな。


そして俺、日本到着。


荷物をホテルに預けてすぐにまた出る。目的地はトンギー・ホテーだ。


さすがトンギ、安いものが沢山。気が付いたら俺はお菓子とかインスタントラーメンとかめっちゃ買った。一週間の移動がまだあるにも関わらずだ。ま、買ってしまったらしょうがない。大事なのはこれからだ。


そう、俺は知っている。海外の買い物の基本、それは免税制度だ。


知ってます?奥さん、日本の免税制度って現金で払い戻してくれるんだって。親切だよね。日本人のおもてなし精神が身に染みる。他の国はクレジットカードに後で送金するらしい。俺、そんなカードを持ってないから。新卒は信用(クレジット)もくそもないしな。


免税カウンターはすぐに見つかった。さすが外国人を頻繁に対応しているトンギスタッフ、ただメンゼイメンゼイを叫ぶだけでこっちの意図が分かってくれる。そのペンギンが付いている制服、かわいいですよ。


俺はトンギから出た。両腕で荷物を持ちながらパスポートを確認する。免税にしたものの領収書はその中に張り付けられた。


「ซื้อไปเยอะเลยน้า...」(沢山買ったな...)


自分にそう呟いた時、俺は向こうから4人、2人の少年と2人の少女が仲良さそうに喋りながら歩いてくるのに気がついた。


学生さんかな?皆セーラー服と学ランを着ている。お、学ラン、実物初めて見たな。なんか感慨深い。


俺は4人とすれ違うと、俺はパスポートを落としてしまった。


オッといけないと思い、荷物を降ろしてパスポートを拾おうとした。


しかし俺の手がパスポートに届く前に突然、周囲が光に包まれた。


そして俺も4人の学生さんもその場から消えた。




******




しかし俺の脳は自分のパスポートが消えたことしか認識していない。


いや、パスポートだよ。なくしたら大変じゃないか。身分証明書がなくなっちゃう。自分が自分だと証明できなくなっちゃう。タイに帰れなくなっちゃう。あれ、俺、逮捕されるのか?(されません)どどどどどうしよう。どうしようどうしよう。大使館。タイの大使館に行かなくじゃ。日本のタイの大使館はどこ?分からない。どうしよう。


「あの...」


その声の先を、ふと見上げた。


目の前に白人美人がいる。そして周りの人が俺に注目していると気づく。なんかさっきタイ語で叫んだ気がする。


「混乱していることは当然だと思います。でもまず落ち着いください。我々は皆さまに危害を加えるつもりはありません。確かに誘拐まがいなことをしたことは自覚していますが、説明する機会を我々に下さいませんでしょうか?」


美人が何かさらさらっと喋った。何を言ってるのか全然分からないがひとまず頷いておこう。


学生の4人が何か話し合って了承した。多分この女性の言うことが分かるんだよな。羨ましい。


その後、俺達は会議室みたいな部屋に移動した。


会議室と言っても現代の代物ではなくゲーム・オブ・スローンズに出て来る大きなダイニングルームみたいな部屋だった。


そこで説明が行われるが、結論から言うと俺は異世界に召喚されたらしい。


そう、異世界だ。最近よくラノベの舞台になっているその異世界だ。それらのラノベはタイ語にも翻訳されたので俺も知っている、ってか読んでいる。めっちゃ読んでいる。


日本ってマジで凄い。普通に観光地を回るつもりなのに異世界まで連れて来るなんてさすが異世界の関門だと(俺に)いわれている国だね。でも、その前に普通に旅行をさせて欲しい。飛行機代もホテル代もJRパスも無料じゃないんだが。


まあ、正確には俺が召喚されたんじゃなく召喚に巻き込まれたと言うべきだろう。だって俺の疎外感が半端ない。明らかに俺はこの学生4人のおまけみたいなもんだ。


約1名、前髪が長く顔がよく分からないが残り3人は美少年美少女、揃いも揃って違うタイプの美人とイケメンだった。え?俺の面はどうって?何も言わせないでくれ。このテロリストみたいな褐色の顔は生まれつきなんだしょうがないんだ。


もう一つの理由は、皆が説明されたことを分かったらしいが、俺は全然分からない事。多分、異世界言語通訳システムみたいなものがあると思うが、通訳されたのは日本語だけ。JLPT3級しか持っていない俺には何もかもちんぷんかんぷんだった。ここが異世界だという事も苦労して掴んだ情報だ。


うん、これ やばくね?よく読んだ追放ものと同じパターンじゃね?グループに合わず役立たず、はみ出されたものが追放される。そして、能力開花して追放した人たちをざまあするパターン。俺はざまあするのもされるのも好きじゃないので最初から追放しないで欲しい。


でも本当に大変な所はそこじゃない、いや、そこも俺的には大変だけど、全体的に大変なのはこの召喚の目的、魔王の討伐らしい。


テンプレといえばテンプレなんだが、その大変さが変わらない。


俺達を暗殺者にするつもりなのか?勘弁してほしい。


自分で何とかしてくれと言いたい。でも言えない。日本語がそこまで上達していないから。


あ、前髪が長い少年がなんか言っている。俺と同じ考えで訴えてくれるだろう、多分。いいぞもっと言ってやれ。


「皆様の不安は重々分かっております。しかし皆様はこの使命を背負う為に選ばれたもの、神の加護と能力が与えられたはず。まずご自身のステータスをご確認ください。さあ、ステータスオープンとおしゃってくださいませ。」


と俺達を召喚した女性がまたなんか言っている。因みにこの人はこの国の王女らしい。まあ、納得いく容姿だと思う。


ん?この王女ステータスとか言ってなかった?


もしかして俺達はゲームみたいに自分のステータスを見ることが出来るのか?


うおおおなんかわくわくして来たぞ。俺、子供の頃よくJRPGやってたんだよな。その辺にはちょっと憧れがある。


よし!やってみよう。開け!俺のステータス!「สเตตัสโอเพ่น!」


.......


何も起きていないぞ。アクセントが悪かったかな?よしもう一回。もっとこう、アメリカ人っぽく。


「Status open!」


.......


「Status open!」「Open status!」「Open the status!」「Status window open!」


はあ はあ はあ


何も、起きて、いないぞ。


他の人は?


あ、何かを見ながらこっちをちらちら見ている。普通に開けるっぽい。


何で俺だけが出来ない。


巻き込まれたからか?それとも日本人じゃないからか?


ん?日本人じゃない...


ま、まさか...


「す、すてーたすおーぷん」


ピロン




+%&** %$$***@=&&


職業:格闘家


レベル:1


ステータス:


腕力 212


魔力 55


体力 114


知識 97


精神 197


器用 150


敏速 174


幸運 64


スキル:言語理解 格闘術 強化魔法




うおいいいテンメーいい加減にしろ!神か何か知らんが優遇にも程があるんだぞ!ステータスは英語だから英語で言えばいいじゃないか。なんでひらがなピッタリな発音が必要なんだよ。この この この。


ステータスパネルを殴っても空を切る音しか出ない。


虚しい。


はあ、ステータスが見れる事で我慢しよう。


次の問題。


これ、読めないんだが。


バグっているみたいな一番先頭は多分名前だな。


タイ人の名前はカタカナだけで表現出来ない所が多いから。


このステータスは中途半端な表現をしたくないのか面倒だから全部放置したのか、多分後者だ。


そしてその下、カタカナと漢字で書いてある。


漢字、読めないんだが。


懐かしいな。昔日本のRPGは英語版なんてないから日本語版をプレイして内容もシステムもほとんど分からず最後までクリアしたな。大変だけどこれはこれで楽しい。が、今そんなことを思い出している場合ではない。


これでは自分が何が出来るのか分からないし、数字の部分も比較対象がないから低いか高いか分からない。自己アピールが出来ない。どうしよう。


周囲から疑わしい視線を感じる。やばい。


これはとうとう、冗談抜きで追放される所かな。




******




追放されてはなかった。


4人の学生さん、皆いい子だった。


疑わしいと思った視線は実は心配する視線だった。


俺が日本語がほとんど分からない事を知るやいなや、皆あれもこれもゆっくり、分かりやすく、時々ジェスチャーを交えて説明してくれた。


く、その優しさに涙が出そう。俺は子供が出来たらこの子達のように育てたい。


「あの、何で急に目をおさえるんですか?」


「お前がしつこいから頭が痛いんじゃね?」


「そんなことないよ。多分この騒ぎでストレスが溜まっているじゃないかな」


「あらあら大変ですわね。早く休ませてあげないと」


今でも何を言ってるのか半分しか分からないが、俺の事を心配しているのが分かる。


今、王女様は色々な準備が必要のようで席を外している。俺達は、昼まで自由時間だから自己紹介を済ませた。ちょっと説明しよう。


積極的に俺を助けようとしたのは前髪が長い少年。名前は瀬川幸斗(せがわゆきと)。顔をよく見たら結構整っていると分かった。エロゲー主人公とか内心で呼んでしまってゴメンな。


口調は乱暴だが眼鏡をかけているインテリイケメンっぽい少年は松上晃弘(まつがみあきひろ)。背が高く、おしゃれなワンサイドヘアしている。さっき瀬川を何か弄ったそうで怒られている。しかしお互いが本気ではない事が分かる。結構親しい友人だろう。


いつも瀬川の傍にいる少女は吉沢愛奈(よしざわあいな)。ボッブカットの茶色の髪と目が大きく鼻が小さい可愛い顔。その可愛らしい顔に反して体のプロポーションは大変よろしい。特に胸の部分は目のやり場に困るほど大きい。彼女は瀬川の幼馴染らしい。羨ましいぞ瀬川君。


そしてお嬢様みたいにおっとりした話し方をしている少女は鮫島沙織(さめじまさおり)。実際彼女は結構お金持ちのお嬢様らしい。腰まで届いた黒髪、麗容な顔、雪色の肌そして品がある仕草をしている彼女は大和撫子を具現化したようだ。


皆高校生らしいが、何だこのハイクオリティーな子達。アイドルグループを作りたいのかと言いたい。普段自分の容姿は思う所がないわけないが、この子達の近くにいると逆にもうどうでもいいと感じてしまう。実際どうしようもない問題だしな、とほほ。


「すみません、名前をどう呼べばいいですか」


瀬川さんがそう言ってきた。名前ね。


「私の名前はเรืองฤทธิ์ รวงเหลืองอร่ามวงศ์ です。」


「ルア...アラム..?すみませんよく聞こえないのですが。」


「เรืองฤทธิ์ です。」


「ルアンリット...さん?」


うーん微妙に違う。


「ただリットだけで、いいです」


「お、ニックネームですか。いいですね。親しい感じが出ます。じゃ、僕の事は幸斗って読んでください。」


「うん、よろしく」


ピロン




リット 


職業:格闘家


レベル:1


ステータス:


腕力 212


魔力 55


体力 114


知識 97


精神 197


器用 150


敏速 174


幸運 64


スキル:言語理解 格闘術 強化魔法




テメーに言ってねーんだよステータス。喧嘩売ってんのか?


「じゃあリットさん、ステータスの照らし合わせをしませんか?」


「てらしあわせ?」


「あ、見て比べる事です。これから一緒に行動するわけだし、お互いの情報を知っておいた方がいいと思います。」


ステータス比べね。いいじゃないか。


「うん、よろしく」


「じゃこれは僕のステータスです。」




瀬川幸斗


職業:勇者


レベル:1


ステータス:


腕力 210


魔力 182


体力 192


知識 120


精神 188


器用 120


敏速 154


幸運 182


スキル:言語理解 聖魔法 雷魔法 電光石火 




「おお、リットさんの腕力が高いですね。アタッカーという所ですか。」


「この名前の下は何?」


「職業ですね。英語といえばジョブですかね。リットさんは格闘家ですか。」


「カクトウ...カ?」


「体術とかで戦う人ですね。ボクシングも含むんじゃないですか?」


ボクシングか。多分子供の頃習ったムエタイの影響だな。


「幸斗の職業は?」


この漢字見覚えがあるな。


「あはは、ちょっと恥ずかしいですね。僕の職業は勇者です。」


ゆうしゃ...こいつ勇者だったのか。


うん、なんか納得出来る。こいつからあふれたお人好しのオーラがそう思わせのたかもしれない。


うん?スキルの所に俺と幸斗が同じ文字がある。何だろうか。


「ああ、この言語理解は通訳のスキルですね。僕達がこの世界の言葉を理解しているのもこのスキルのお陰ですね。」


理解していないじゃん、言語。ただ日本語にするだけじゃん。この様子じゃ俺のタイ語を翻訳してくれなさそうだね。このスキルは詐欺だよ詐欺。返品お願いしまーす。


「お、面白い事しているじゃん。オレもまぜてくれよ。」


「幸ちゃん、何しているの?」


「あらあら」


他の3人が話してきた。


「愛奈、幸ちゃんって呼ぶなと言っただろ。」


「ええ!でも幸ちゃんは幸ちゃんじゃない。」


「子供っぽいし女の子っぽいから好きじゃない。別に普通に名前を呼べばいいだろ?」


「じゃ普通に幸ちゃんと呼ぶね、で何しているの?」


「お前な、まあいい。今リットさんとステータスを照らし合わせている所。」


「リットさん?」


「この人はリットさんっていうんだ。本名の発音が難しいから僕は言えないのでニックネームを呼ばせててもらっている」


「そうなの?あの、いいですか?」


「いいです。」


「では私もリットさんと呼びましょう。私の事愛奈と呼んでください。」


「だったら私は沙織でお願いしますね」


「じゃオレはアキだけでいいぞ。よろしくな」


うむ皆親しみやすくてよかった。しかし、女の子を突然呼び捨てはよくない気がするので彼女達にさんをつけよう。


「そうだ愛奈、お前のステータスをみせてくれよ。」


「えーちょっと恥ずかしいな。」


「僕も恥ずかしいよ。でもこういうのはお互い知っておいた方がいいだろ。それに愛奈は僕のを見たじゃないか。そっちも見せてくれないとフェアじゃないだろ。」


なんか卑猥な意味に受け取ってしまうのは俺の心が汚いからだろうか。


「もうしょうがないな。じゃあ、はいこれ。」


愛奈さんはステータスパネルを出してこっちに見せる。俺も見ていいのか?




吉沢愛奈


職業:闇の聖女


レベル:1


ステータス:


腕力 132


魔力 174


体力 101


知識 178


精神 197


器用 223


敏速 206


幸運 56


スキル:言語理解 闇魔法 九死一生 影潜伏 影移動




愛奈さんの職業はあんまりよくない意味の漢字がある気がする。


ねーねー幸斗君。この漢字(闇)ってなーに?


「闇って暗闇の闇ですね。英語はダークです。いいですねダーク。」


いや、ダークはよくないでしょ...何で愛奈さんにダークが付いているの?


「もう、だから言ったじゃない。私なんかは聖女なんて柄じゃないって。」


なんか愛奈さんがあえて闇の部分を言わないようにしている気がする。これ大丈夫なのか?残り2人の方を見たが2人が目をそらした。なんで?


「この九死一生ってなんのスキルなんだ?」


アキは言った。話題を逸らすのは見え見えなんだが。


「九死一生とは四字熟語ですわね。そのままの意味ではなくて?」


俺の場合、その四字熟語って何なのかと聞きたい。お、英語のイディオムみたいなものらしい。ふむふむ。


「ああ、このスキルね。パネルをタップすると説明出て来るだよ。“九つを殺せば一つを蘇生できる”だって。」


ひえ、日本のイディオムは物騒だな。


「九死一生はそういう意味じゃないと思いますわよ。」


ともあれ、ますます愛奈さんに似合わないステータスになってきた。何故だろう。


「ねえねぇ幸ちゃん」


「うん?なんだよ」


「この“影潜伏”スキルなんだけど、許可をもらった相手の影に入れるんだって。あのその、幸ちゃんの許可、もらえるかな。そうしたら私はもっと幸ちゃんと一緒に居られて、嬉しいかも。」


「やだ。」


その瞬間、この部屋の温度が2-3度下がったような気がする。え?え?何?何が起こっているの?


「何で、いやなの?何でそんな酷い事言うの?何で許可してくれないの私と一緒に居たくないのねえ何で何で何で?」


愛奈さんの目のハイライトが消えてしまっている。これ、あかんやつだ。


幸斗の方を見ると彼はただ頬を膨らませて、拗ねるようにそっぽを向いている。


おおおおいお前がそれをやっても可愛くないから止めろ。ていうか怖くないのか。命の危険を感じないのか。俺はターゲットじゃないのにめっちゃ感じるんだけど。


アキ、沙織さん、何とかしてくれ。


2人は目を閉じ、だんまりを決め込んでいる。自分に関係ないと言わんばかりに。


それでいいのかよ。


「私の事嫌いになった?私がもう要らなくなった?嫌だよ。私は幸ちゃんと一緒に居たい傍に居たい離れたくない。私の何がいけないのどうしてなのねえ教えてよ。ねえ教えて教えて教えて教えて教えてお願い何か言ってよ。」


「だって羨ましいじゃんか」


幸斗がそう呟いた途端、冷たく重い空気が発生と同じ速度で霧散した。


「愛奈がさ、いいよな。ダークだし影のスキルもあって忍者っぽく格好いいし。なんか気に食わないよね。だから許可しない!ふん!」


「もう幸ちゃんったら子供なんだから。こんなことに拗ねないでよ。」


「子供じゃないし拗ねてない!ないったらない!」


「はいはい、じゃまず許可をしましょうね。」


はあはあはあ。なんか10秒くらい息しなかった気がする。


何なのこの2人。修羅場からなんで急に和気あいあいに出来るの?てかいちゃついているよねこれ。


アキと沙織さんの方を見ると2人が燃え尽きたような顔している。


お前らも結構苦労しているな。




******




「幸斗。ダークが好きですか。」


「好きっていうか憧れですね。ファンタジーな世界まで来れて闇のスキルが使えるって最高じゃないですか。」


そういうもんか?


「でも僕的にはバランスが欲しいですね。闇の中の光、光の中の闇。陰と陽。善と悪が混ざって矛盾しているアンチヒーローのようにですね。聖魔法に文句を言わないですけど出来れば何かの対になるスキルが欲しいですね。聖の反対は魔...魔魔法。意味が分からない。」


俺は最初から分からなかったよ。早口になっているし。これ、長くなるのか?


「では次わたくしのステータスをお見せしますね。」


沙織さんがカットインした。ナイスです!沙織さん。


「はい、ステータスオープン」




鮫島沙織


職業:重戦士


レベル:1


ステータス:


腕力 220


魔力 41


体力 232


知識 97


精神 155


器用 101


敏速 72


幸運 120


スキル:言語理解 槌術 S 威圧 罵倒 脅迫 




うん?職業の所の漢字が一つ分かる。これ重いって意味だよな。


俺は華奢な四肢五体を持つ沙織さんを見た。重さに繋がる要素が一つもない。って腕力が俺より高い。何で?


スキルも難しい漢字ばかり意味が分からない。Sのアルファベットがあるけどこれも意味が分からない。何のスキルだろうか。


ねーねー幸斗君、Sってなーに?


うお、幸斗の顔が凄い事になっている。


生ゴーヤーを食べたような顔だ。そんなに言いにくい事なのか?


「し..しかし槌術とはさすが沙織だな。」


アキ、声が震えているぞ。てかツイジュツはなんだよ。


「槌はハンマーですね。」


ハンマー?


「ハンマーは淑女の嗜みですわ。」


「沙織ちゃん、日本全体の淑女が勘違いされちゃうからそれを言わないように」


話をまとめると沙織さんはハンマーコレクションとハンマーでモノを叩く趣味があるらしい。簡単に言うとハンマーマニアだ。へ?名前は沙織さんだよな。香とかじゃないよな。


彼女の実家の会社のルーツは大工さんらしい。ハンマーを初めて触る時は父親と一緒に現場視察に行った時だった。彼女が言うにはくぎをハンマーで叩く時、彼女はテニスプレーヤーがスウィートスポットでボールをヒットする感覚に近い快感を感じるらしい。何それ。


しかも彼女は実家の会社の色んな現場に通い続け、その度にハンマーの腕前が上達していく。中学を卒業する時、彼女は既にハンマーの仕事に限って現場の大事な戦力らしい。


「スレッジハンマーでもコツが分かれば女でも扱えますよ。」


そのコツを説明されたが俺は理解出来なかった。エンシンリョクとかなんとか。


因みに沙織さんの父親は自分の娘を立派なレディーに育てたいらしく、色んな淑女の教育を彼女に施したが、彼女が難なくそれらをこなしていたので、彼女のハンマー趣味に気付いた時は既に手遅れ段階だった。


「ここって戦鎚がありますよね。いいえ、絶対ありますわ。日本でなかなか見つからなかったのよ。試してみたいわ。」


沙織さんの表情がうっとりしている。何故かちょっと怖いと思ってしまう。


「それに今から魔物とかモンスターと戦うでしょう。わたくし、生き物を叩いた事がないわ。日本でそれをやってしまうと問題になるもの。でもここなら悪者を殺してしまっても構わないですよね。ああ、人を叩く感覚はどうなのかしら。豚肉と同じかしら。それともタコ?うふふ楽しみ~」


「うわあ、生き物から人に変わっちゃっているよ。明らかに人間を叩きたい思考を持っていらっしゃるよこの人。」


「沙織ちゃんは穏やかで心優しい女の子なんだよ。ちょっと変わった趣味があるだけなの」


「“ちょっと変わった”で済ませちゃいけないと思うけどな。」


いつもの事なんだが俺は彼らの言っている事の半分しか分からない、分からないがここは何も言わない方がいい事が分かる。残りのスキルが気になるが、スルーしよう。危ない匂いがプンプンしている。


なんかこの4人、癖が強すぎないか?日本の高校生が皆こうなのか?一見すると普通のアイドルグループだけど実は問題児の集まりとか。


いや、そう思うのはまだ早い。まだアキが残っている。彼はこのグループの常識担当かもしれない。


「じゃ最後はオレだな。ステータスオープン」


どれどれ




松上晃弘


職業:魔導士


レベル:1


ステータス:


腕力 55


魔力 221


体力 86


知識 209


精神 101


器用 121


敏速 78


幸運 101


スキル:言語理解 火魔法 土魔法 炉理痕(バーニングスティグマ)




これは普通...うん?この最後のスキルは何だろう。


「ああ、このスキルか。これはバーニングスティグマと言って、火魔法と土魔法を強化するスキルらしいぞ。」


「いや、どう読んでもこれはろりこんー!んがー!」


「幸ちゃん、この世には言わなくていい事がいっぱいあると思うよ。」


「そうですよ。余計な事を言ってわたくし達が変質者だと勘違いされてしまったら大変だわ。」


幸斗が何か言おうとしたが愛奈さんと沙織さんに口を塞がれている。何の事?


とにかくアキのステータスは変な所がないので一安心...だよな?アキの方を見た。アキはイケメンスマイルでサムアップした。うん、まあ、いいだろう。


少し後、昼食の時間のお知らせが来た。王女様も話しの続きはそこでしようと提案した。


今後何が起こるか分からないけど不安だが、まあ、この4人と一緒なら大丈夫だろう。


皆尖っている所があるけど、今は個性的な子の時代だしね。逆に頼れると感じる事もある。


うん、俺達は、大丈夫...なんだよな?




******




一か月が経った。


全然大丈ばなかった。


その後、王女様からの魔王討伐の依頼は俺達が受ける事にした。他の選択肢も無さそうだしな。


魔王を倒したら元の世界に戻れる話もあったが、俺達の共通認識はこれ以上ない胡散臭い話だった。


だから、まず俺達が決めた当初の目的は生き残る事。それを達成する為にこの国からのサポートが必要だ。俺達はまだ生活に使う金銭も、我が道を通す為の力もないから。


力を付けて、旅に出て、自分の目でこの世界を確かめる。何をするのかはその後で決める。


そのために王女様の周囲の人達は戦闘訓練をしてくれ、この世界の知識も教えてくれた。


そして出発日が来た。来たんだが


「僕、闇魔法を習得しないまま出たくない」


「幸ちゃん、私、訓練でもいつまでもどこまでも付き合ってあげるからね。」


「ちょっとこの城の保育園へ行かせてくれ。オレは幼女達に挨拶の義務がある。」


「わたくしはどのハンマーを持って行けばいいかしら。このコンパクトサイズにしましょうか、それとも思いっきりこの2メートル級にしましょうか。うーん判断に迷うわ。」


こいつら一人として出て行こうとしない。


順応性が高すぎるだろ。


結局こいつらの中に常識人は一人もいなかった。


この一か月間、この4人に振り回された俺はこの事実を認める事しか出来ない。


普通の人間は俺だけだと。


「普通の人は自分が普通だと言わないと思いますよ。」


ふ、やれやれだぜ。


「無視しても話が通じると分かっていますからね。この一か月間で日本語が結構上達している事知っていますから。」


うるさい。出るか出ないか早く決めろ。


「はいはい。出ますよ出ればいいでしょう。」


まったく。


これでいよいよ、出発の時間だ。


今まで色々があったが、ようやくスタートラインに立つ事が出来る。


俺達の冒険はここから始まる!


「闇魔法は実戦で習得しよう」


「頑張ってね幸ちゃん。」すう(幸斗の影に潜った音)


「まず小人の村に行こう。そこにオレの楽園があるはず。」


「肉が潰れる音が楽しみですね~。」


俺達の冒険は始まっても大丈夫でしょうか!



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