王女、公子と教会デートをする

 セリム公子から面会の申し込みがあったとき、ラファエラ王女は地下牢にいた。


「ベルクマン公子が治療に向かわれた村に、毒を含む魔物肉を売った行商人を捕らえました」


 牢の中の男は、よく肥えた身体を揺さぶり、もともとは人好きのしただろう顔を必死の形相にゆがめて、王女に許しを乞うてきた。


「わ……私は、教会の偉いお方に命じられただけです! 一介の行商人が、国全土に影響力を持つ教会に逆らうなどできず……どうか、お情けを……!!」


 唾を飛ばしながら訴えるきたない男を見下ろしたあと、王女はとなりの騎士を見た。


「このように言っているが、教会の偉い人とやらは捕まえたのか?」

「はい」


 次に王女は、さっきより少しきれいな牢の前に連れてこられた。

 中にいた教会関係者の女は顔見知りだった。彼女が側近たちと仲良くしていたのを王女は覚えていた。


「ラファエラ王太子殿下、これは陰謀です! 卑しい行商人など、私は会ったこともありません。きっと、教会の不祥事を嗅ぎつけて、罪をなすりつけられると思ったのでしょう」


 自己弁護をわめき続ける女の声には、嘘を言っているもの特有の響きがあった。王女にとって、聞きなれたみにくい声だった。


――聞き苦しい。ここで斬ってしまいたいくらいだ。


 村では3人死んだと報告されていた。それをいたむ声は、この地下牢から1つも聞こえてこなかった。

 王女の右手が、剣のそばで震える。しかし、彼女は感情にまかせて振る舞うことが適切でないと分かっていた。


 地下牢を歩く王女のところに、側近が駆けてきた。


「こんなところにいらっしゃったのですか! ベルクマン公子から面会の申し込みが。準備がありますので、すぐに来てください」



 薄汚い地下牢を出た王女は、明るい部屋で、目の前に、美しい調度品と、色とりどりの菓子、さまざまな香りの茶葉を並べられた。

 明日、公子に出す品を決める。

 ラファエラ王女が可愛らしいカップを選ぶと、側近たちはしきりにそれを褒めた。


 昨日は、多くの村人が苦しみ、亡くなった者もいた。

 惨劇の翌日に、華美な茶器を持ってはしゃいでいる者たちは、地下牢で見てきた奴らと同類に見えた。




* * *




 茶会の翌日、教会の調査に付き添う約束で、王太子はセリム公子を迎えに行った。

 屋敷の玄関から入り口まで公子が歩く間に、庭木の下にいたリスが彼の足元をぐるぐる周り、小鳥が彼の肩にとまった。公子は平然と「今日もにぎやかだなぁ」と呟いて、馬車に乗り込んだ。小動物たちは行儀よく馬車の横で止まって、公子を見送った。


「あのリスは、公子が飼っているのか?」

「いえ。なぜか寄ってくるようになって。森に行くとウサギとかもよく来ますよ。不思議ですね」


 微笑む公子の傍にいると、王女は何となく気持ちが安らぐ気がした。



 教会の敷地に入ると、祭服を着た者が数名、こちらに駆け寄ってきた。

 公子は気にせず、周囲を見回して、奥へと進みだした。教会の者が止めようとするのを、騎士たちに防がせた。公子は何か目的を持って歩いているようだった。

 彼は主礼拝堂を無視して通り過ぎ、庭の奥にある、もう1つの小さな礼拝堂の中に入った。

 礼拝堂の中は、正面に教会の主神の石像があるだけの空間だった。窓のステンドグラスは美しいが、他は椅子がいくつか置かれているだけだ。すでに王家の騎士たちによって調べられたが、何も出てこなかった。

 公子が石像にそっと触ると、たちどころに、石像が砕け散った。教会の関係者が悲鳴をあげて公子に掴みかかろうとするが、取り押さえられた。

 砕けた石像は黒い霧になって消え、その下に階段が現れた。


「うっ……」


 突然、立ち込める嫌な臭い。この下は下水道か何かだろうか。

 公子が迷わず下に降りて行くのを、王女は追いかけた。


 ライトの魔道具で照らしながら進む。

 階段を降りきると、いくつものおりが並び、中には、干からびた人間や、白骨。死にかけて倒れているが、まだ生きている者もいた。


「こんなものが教会の地下にあるだと!?」


 王女は混乱した。

 公子は無言で突き進み、奥の行き止まりで、大きな黒い炎が燃えているのを見つけた。

 炎に近づいた騎士の1人が、急に倒れた。

 吐き気を催して、壁際にうずくまる者もいた。

 王女もその黒い炎を見ていると、気分が悪くなってきた。


『……人形王女』


 ふと、昨日、マルク・サルミエントに言われたことを思い出した。


――あの男を斬ったのは、……快感だった。


 力を持ちながら、利己的にしかものを考えられない奴ら。それを、皆、殺したら、世の中はもっと良くなるのではないだろうか。

 王女は、独りでしばしばする妄想に、にわかに憑りつかれかけていた。


 その時、公子が何かをした。最悪だった気分が、少しマシになった。王女の瞳の中で、公子がキラキラと輝いている。彼が王女に近づくと、とても寒い中で、暖かい物に触れたように感じられた。


「ここは、とても危険な状態です。<浄化>しますが、協力者が必要です。レオ・ベルクマンを呼ぶことをお許しください」


 公子は人を呼ぶという。その相手は、同じ学園の生徒で、王女より強い男だった。


「私では力不足か?」


 なぜ、そんなことを聞いたのだろう。公子が必要としているのが、戦闘能力とは限らないのに。


「そういう訳ではありません。ただ、これから私の力を使うのに、公爵家の者がいない場で単独で行えば、また家臣を心配させてしまうのです」

「信頼できる護衛か。私では、それになれないと」

「……申し訳ありません」


 仕方ない。公子は希少な能力者だ。公爵家がうるさく管理するのも当然だろう。


 王女はベルクマン家の者を呼びに、遣いを出してやった。

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