公子、覚悟を決める
誘拐騒動の後、寝ている間に公爵家の屋敷まで運ばれていた。
目が覚めたのは翌日で、日が高くなってしまっていた。
同じ部屋にカティアが待機していたようで、俺が起きるとすぐに声を掛けられた。
「公子、お目覚めですか。体調は、いかがですか?」
「問題ない。俺はただの魔力切れで、怪我もしてなかったから。それより、お前だ」
じっとカティアを見る。
彼女は服を着替えていて、身体を包帯でぐるぐる巻きにしていた。
いずれ身体強化で全部治せるのだろうが、カティアの魔力はそれほど多くない。魔力の回復を待って、まだ傷を残していた。
「<簡易治療>」
傷を全て治した。
《 複数の傷を治療しました 経験値が上がります 経験値が+300されました 》
《 現在のレベル:70 現在の経験値:1850/7100 》
「公子!」
カティアににらまれる。
「俺の魔力は回復してる。問題ないだろ」
「……それは、ありがとうございます」
彼女はムスッとした顔で礼を言った。
カティアが怒っているのは、昨日、俺が彼女の怪我をとっさに治療して、敵の前で気を失ったせいだ。
昨日の俺は、深く考える前に動いてしまっていた。それくらい、カティアとヴァレリー、2人が大切だった。だが、それで主人に先に死なれたら、護衛にとって地獄だ。俺は善意で、カティアの仕事を否定してしまっていた。
カティアは、俺を守るためなら命を差し出す覚悟ができている。しかし、俺にそれだけの価値はあるのか?
前世の俺は、悪魔に加担して王都をめちゃくちゃにした大量殺人鬼だ。今まで考えるのを避けてきたが、本来、こうやってのうのうと生きているのがおかしい。
そうだというのに、謎の<システム>は、俺に人を救う特別な力まで寄こしてきた。俺は、自分を責めて償えるような次元にない罪を犯して、目の前に現れた<システム>に従う以外に道がなかっただけなのに。
……でも、カティアも、あのとき何も言わなかったヴァレリーも、俺を支えるために腹をくくってしまっている。だから、俺も厚顔無恥をつらぬいて、それらしく振る舞ってやる。
「すまなかったな。覚悟の足りない、情けない主人で」
謝ると、俺をにらんでくるカティアの目が真っ赤になった。
「主人に謝らせて、情けないのは私の方です。私がお守りできなかったから、セリム様を危険にさらしたのです」
俺はベッドの横に腰かけて、顔を覆って泣くカティアの髪に手を伸ばした。
「カティアの期待に応えられる主人になるように、精一杯、がんばるよ」
言った瞬間、がばっと、抱きつかれた。
……そういえば、カティアはもともと旅の剣士で、公爵家に雇われたのは俺が生まれてからだ。クールに見えて感情が豊かというか、こういう奔放なところは、やっぱり、宮仕え向けに育てられた人材とは違うなぁ。
少し震えているカティアの背中をさすった。
だいぶ、心配させてしまった。
……あれ? でもこれ、まずくないか?
ベッドで女性に泣きつかれるって、そろそろ<システム>が難癖をつけて、経験値をごっそり削ってきそうな……。
カチャリとドアが開いて、ヴァレリーが部屋に入ってきた。
「公子、お目覚めですか? 色々と報告が……」
ヴァレリーが俺に抱きつくカティアを見た。
「お疲れの公子に、何をしているんですか? カティアさん……」
顔を真っ赤にしたカティアが、ばっと俺から離れて、後退りして部屋の壁に張り付いた。
「……状況の報告をしてもよろしいでしょうか、公子」
「あぁ」
何も悪いことはないさ。<システム>だって、反応しなかったし!
何はともあれ、事態の把握は重要だ。ヴァレリーから俺が倒れた後の話を聞くとしよう。
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