公子、龍の話を聞く

わしはお喋りが好きじゃが、好みがうるさい。そこの娘は好みじゃが、お主は違うというようにな。いつしか島に集まって来た人間たちは、儂の好みの人間を、巫女と呼ぶようになった」


 リヴァイアサンの話が続く。

 巫女……。女限定か。この龍……。


「巫女は儂から多くの知識を授かり、巫女を出した家は権勢を持つようになった。そうすると、人間、欲が出るものじゃろう」

「不正する者が出たか」

「その通り。儂の周辺に、闇の気配が見えるか?」


 言われて、<神眼>で龍の周囲を観察する。

 黒い闇の魔力が、龍を囲んでいた。おそらく、呪いの一種だ。


「それで、儂の好みじゃない1人の娘だけが、巫女に選ばれたように見せかけおった」

「海龍様のお力なら、人間の作った小細工くらい破壊できるのではありませんの?」


 不思議そうにナディアが聞くと、リヴァイアサンは首を横に振った。


「その闇の魔術を作ったのは人間ではない。悪しき存在が、欲深い人間をそそのかしたんじゃ」


 人間を唆し誘惑する存在。悪魔が暗躍して、リヴァイアサンを闇魔術で呪ったのか。


「儂が力を出せば、その細工を除くことは出来る。だが、儂は死骸しがい。力の制御が甘いので、力を出せば、島を壊してしまう。せっかくここまで守護して育てた島を、潰したくない。じゃが、その闇の魔術は、どうも儂の力を乱す効果があったらしい。今の儂は、少しでも動けば力を暴発させる、危険な状態じゃ」


 そういうことか! それで、半年後、リヴァイアサンの力の暴走で島が崩壊するのか。


「不本意じゃが、儂の好みでない男よ、お主の力が必要じゃ」

「闇魔術の細工を壊せばいいか?」

「ああ。まずは、それじゃ」


 俺は、闇の魔力を放つ細工の1つに近付いた。

 闇魔力は人間の使える火氷風土の四大属性より強い。だが、聖属性に対してはとても弱かった。

 今の俺は<聖属性スキル>を2つ使える。レベル50で覚えた<神眼>と、レベル60で最近覚えた<聖鎖結界>だ。


《 聖鎖結界…闇に近い敵を捕縛し、継続ダメージを与える 》


 <聖鎖結界>で、闇の魔力を囲んでみた。

 すると、闇の呪いが徐々に弱まっている感じがした。


「これで何とかなりそうか」


 俺は龍を囲む全ての細工を、同じように<聖鎖結界>で閉じ込めた。


「うむ。そのまま数分間、結界を維持すれば、呪いは消滅するじゃろう。次は、儂の方へ来てくれ」


 言われるまま、リヴァイアサンに近づく。


「儂の乱れた力を整え直したい。そのために、外部からのエネルギーが必要じゃ。受け渡してくれ」

「エネルギー? 魔力のことか?」

「違う。生命エネルギーじゃ」

「……俺を殺す気か?」


 龍に生命エネルギーを吸い取られたら、人間は生きていられないぞ。


「お主、自然から生命エネルギーを分け与えられる術を持っておるじゃろう」

「<海水浴スキル>か!」


 まさかの無駄スキルが、ここで生きてくるとは。


《 海水浴…海から余剰の生命エネルギーを受け取り、空腹を満たす 》


 リヴィアン島は、海に浮かぶ小さな島だ。周囲から、海のエネルギーを取り放題である。


「海のエネルギーは受け取れるが、渡す手段がないぞ?」

「それは儂がやる。儂の身体の一部に触れながら、エネルギーを集めてみてくれ」


 俺は言われた通り、右手で龍の背に触れながら、<海水浴>を使った。

 海からのエネルギーが、俺を伝ってリヴァイアサンに流れこむ。<神眼>で見ると、ぐちゃぐちゃだったリヴァイアサンのエネルギーが、少しずつ整えられていた。


「うまくいったな。3日もあれば、安定状態にできるじゃろう」

「3日? まさか泊まり込みですの?」

「そうか。人間は毎日睡眠が要るのか。それなら5日くらいかのう」


 研修旅行中ずっと、ここで働かされることが決まった。

 面倒だし、態度の悪い龍に協力するのも微妙な気分だ。だが、この龍がしっかりしていないと、人間の国が大惨事になる。


「ハァ。変な龍を手助けするのも、善行になるんだろうか?」

「何じゃい。龍に人間の善も悪もあるか。そんなことを考えているから、お主はつまらん人間なのじゃ」


 人に協力だけさせといてこの物言いである。でも、仮に犬とか猫がしゃべりだしても、こんな感じなのかもなぁ。人外に人間のマナーを求めても仕方ないか。そう思うと腹も立たないな。


 ずっと立っているのも大変なので、龍の横に胡坐あぐらをかいて座った。となりに、ナディアも座る。


「明日は、クッションを持ってきましょう」

「そうじゃな。娘よ、お主もこの男と一緒に、必ず毎日来るのじゃぞ。儂の話し相手はお主なのじゃから」

「分かりましたわ。では、今からおしゃべりします? 何から話しましょうか」

「そうじゃなぁ、まずは、定番の自己紹介からじゃろう……」


 龍とナディアは、俺に作業させる横でおしゃべりを始めた。

 最初は、わずらわしい気分だったが、2人の会話は、聞いているだけで予想外に面白かった。ナディアは話し上手だし、リヴァイアサンの語る知識は貴重なもので、俺は思いがけず、得した気分になるのだった。



 図書館からリヴァイアサンのところへ行く道は、龍が許可した俺とナディアしか通れなかった。侍女を連れて行けないので、翌日から、ナディアは大きなバスケットを俺に運ばせた。バスケットの中身は、サンドイッチや焼き菓子、お茶を入れたポットなど。

 ナディアはピクニック気分で龍のところへ行き、毎日、機嫌よくおしゃべりしていた。

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