公子、美少女を助ける

 勇者と知り合った数日後、授業を終えて、すぐに迎えの馬車を呼んだ。

 今日は学園外で、薬学を学ぶ。領地を出る時、アマンダが知り合いの薬師に紹介状を書いてくれていたのだ。



「やめてください! 離して……」


 馬車に乗ろうとしていると、女性の悲鳴が聞こえてきた。驚いて声のした方に向かう。

 1人の女子生徒が、無理やり馬車に連れ込まれそうになっていた。


「何をしている!」


 すぐに止めに入った。


「ベルクマン公子!?」

「チッ……。急いで馬車を出せ」

「待て!」


 馬車ごと凍らせて、中から女生徒を救い出した。

 犯人たちは氷漬けだ。学園に入る魔力があれば、死ぬことはないだろう。


「学園の職員を呼んで、こいつらの処分を」

「かしこまりました」


 ヴァレリーを職員室に向かわせて、俺は女生徒と向き合った。


「大丈夫だったか? どうしてこんなことに……」


 言いかけて固まった。女生徒はものすごい美少女だった。これは、犯罪をしてでも手に入れたがる男が出てきてもおかしくない。

 少女は震えていて、声も出せないようだった。

 どうしようかと思っていると、御者らしき男が駆け寄ってきた。


「お嬢様、ご無事でしたか」

「お前は?」

「失礼いたしました。そちらの女性の家の者です。彼女はポネッティ準男爵の孫娘のラウラ様です。お迎えに上がっていましたが、貴族様たちに、身分の低い者は入ってくるなと言われ、お嬢様を助けに行けず……」


 学園の駐車場は広い。入り口すぐに馬車を停められるのは、上位貴族だけだ。平民と変わらない準男爵家の者では、人の少ない端の方まで行かなければならなかっただろう。そこを、悪い奴に狙われたのか。


「このままにしてはおけない。彼女を家まで送ろう。案内してくれ」


 トラブルの匂いがぷんぷんする。

 貴族の中には倫理観がなく好き勝手する奴がいるが、そういう奴でも、ヤバイところには手を出さない。上位貴族が大量にいるこの学園で、下手なところに手を出したら、物理的に首が飛ぶ。逆に言うと、こういうふうに安易に手を出されたラウラ嬢には、頼りになる後ろ盾がいないということになる。

 事情を聞いておこう。


 彼女を公爵家の馬車に乗せて、御者の男の案内で、家まで送ることにした。

 隣で、ギルベルトがラウラを見たまま、真っ赤になって固まっていた。ヴァレリーを職員室にやったのは失敗だったな。こういう時に、ギルベルトは役に立たない。彼女の家で話を聞くのは、俺のコミュ力頼みだ。はてさて、どうしたものか。




 案内されて到着したのは、大きな商家だった。準男爵というのは1代限りで、何らかの功績に、王から贈られる名誉爵位だ。ポネッティ家は、多額の寄付でもしたんだろう。

 中に入ると、流石に大きな店らしく、顔を見ただけで、俺が誰か分かったようだった。すぐに奥の応接室に案内された。これだけの店を持つ商人が、美しい娘を何の後ろ盾もなしに学園へ送り出すとは考えにくい。何があったんだろう。



「……娘が、そんな……」


 俺たちを迎え入れたラウラの両親に、今日あったことを話すと、2人は顔を見合わせて息をのんだ。


「正直、準男爵の身分で、これだけ美しい娘を、庇護者のないまま貴族の集まる学園に入れるのは、無謀だと思うぞ」


 貴族の中には、わがまま放題に育てられて、権力で好き勝手する奴もたくさんいる。そこに、身を護れない娘を通わせるなんて、絶対にやってはいけないことだ。

 俺が指摘すると、ポネッティ婦人は顔を覆った。


「ああ。お義爺様じいさまが見栄を張って、ラウラを第1学園なんかに入れるから……」


 責めるように言われて、ラウラの父親は困ったように、


「こんなことにならないように、ドゥランテ宮中伯に、王女派閥に入れていただけるようにお願いしていたのです。しかし、ドゥランテ宮中伯令嬢のジェルソミナ様は、学園で挨拶した娘の顔を見るなり、にらみつけて無視され、以来、娘は放置されていたのです」


 ドゥランテ宮中伯か。ベルクマン家も、この宮中伯に王女との仲介役を頼んでいた。ジェルソミナは俺には愛想が良かった。ただ、裏表のある性格だとは知っていた。

 勇者レオのこともそうだが、王女の周りは滅茶苦茶だな。

 現国王は、意図的に王女を強いだけの王太子に育てている。国王が18歳の時の子である王女に、国王は当分、王位を譲る気がないのだろう。王女は王太子という身分で、戦闘に明け暮れるだけの人形にさせられるのだ。


「もう、あの子は退学させましょう。このままでは危険です」


 婦人の言葉に、夫は難しい顔をした。


「安易な退学は、やめておいた方がいい。王女と同学年になれる入学チケットは、皆が狙っていたものだ。それを捨てたとなると、色んなところから恨まれるぞ」


 俺の言葉に、2人は黙って顔を曇らせた。


「厄介な問題だな。俺の側近たちに、ラウラのことを気にかけるように言ってはおくが……」


 公爵家の長子が目の前にいて、2人が俺に庇護を求めない理由と、俺が軽々しく彼女を守ると言えない理由は、同じものだった。

 彼女は身分が低く、学園の中では特に才能もない。ただ美人なだけの女生徒だ。

 圧倒的な能力を持つ男のレオを俺が支援するのは、誰が見ても人材としてのスカウトだから問題ない。だが、彼女を贔屓ひいきにすれば、周囲は邪推してくるだろう。そして、彼女は身分的にも能力的にも、俺の婚約者にはなれないのだった。

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