公子、教会への寄付を否定される

 領都の中心部にある大聖堂。ここで、試しに金貨を1枚、寄付してみることにした。

 金貨1枚は、街の平民なら、1か月悠々暮らせるほどの額だ。

 だが、公爵家の長男である俺からすれば、毎日教会に1枚ずつ寄付し続けても、痛くもない金額である。


《 領民の血税を無駄にしました 経験値が下がります 経験値が-500されました 》

《 レベルが下がります 》

《 現在のレベル:-52 現在の経験値:810/1000 》


「うわっ」

「セリム様、大丈夫ですか?」


 教会の受付で、ひっくり返りそうになった。

 護衛のカティアが支えてくれた。

 レベルがマイナスなんだから、経験値が減少することだってあるのか。低いレベルがさらに下がった。


 教会への寄付を、<システム>は無駄金だと判定した。

 確かに、この国の教会は腐敗していた。


 俺は、勇者に殺されて魂だけになった後も、闇の魔力を通じて、世界の情勢を少しだけ知覚していた。だから、俺が死んだ後、大量の悪魔が現れて王都が壊滅したことや、その後、王国の全てが滅びてしまうことを知っていた。


 悪魔に王都が攻められたとき、王都の教会トップの大司教は、真っ先に誘惑に負けて悪魔にとりこまれた。

 教会が腐敗して機能しなかったのは、王国が滅びた大きな原因の1つだ。


 寄付しただけで経験値を500も減らされるなんて、本当にどうしようもない団体だったんだな。いつも偉そうに説法していたくせに。悪魔に何の対処もできず、国を滅ぼしやがって。考えていると、腹が立ってきた。ムカムカするなぁ。


《 感情のコントロールができていません 怒りに飲まれています 経験値が下がります 経験値が-50されました 》

《 現在のレベル:-52 現在の経験値:760/1000 》


「うそぉ……」


 心の中まで覗いて、経験値を減らしてくるの!?

 ハードすぎるだろっ!!!


 1人で変なリアクションをする俺を、護衛のカティアが、奇妙なものを見る目で見ていた。

 落ち着こう。



 教会を出て街を歩くと、美味しそうなチョコレートの香りが漂ってきた。


「向こうの店で、チョコレートを売っているのか」


 子どもの頃、俺はチョコレートが大好きだった。


「買っていこう」


 無性に甘い物が食べたい気分だ。

 やけ食いしたら、また経験値が下がるのかな。

 でもいいや。こんなのやってられないぞ。


「いいですね。この店、最近、領内で評判になっていたんですよ」


 俺の買ったチョコレートを羨ましそうに見ながら、カティアが言った。

 彼女は凄腕の剣士で、俺の護衛兼、剣術の師でもある。

 エルフの血を引いているため、老化が遅く、見た目は20歳に満たない。だが、剣の腕は、領内で1番だ。

 彼女は正義感が強く、立派な剣士だった。しかし、以前の世界では、性根の腐った俺に嫌気をさして、公爵家を出て行ってしまう。

 清廉潔白だから、悪魔に惑わされることもない。悪魔が侵攻してくれば、貴重な戦力だ。愛想を尽かされないように気を付けよう。


「カティア、今日、付き添ってくれた礼だ」


 俺はチョコレートの包みの1つを、カティアに渡した。甘い物が好きそうだし、喜んでくれるといいな。


「くださるのですか? 坊ちゃんが、私に?」

「ああ。いつも世話になっているからな」

「ありがとうございます! とても嬉しいです」


 あれ? 何かすごく喜ばれた。喜ぶを通り越して、感激している。

 俺、ひねくれたガキだったが、剣術の出来るカティアには、まともな対応をしているつもりだった。それでも、嫌な部分が滲み出ていたのかな。


《 カティアの気持ちを幸せにしました 経験値が上がります 経験値が+10されました 》

《 現在のレベル:-52 現在の経験値:770/1000 》


「え?」


《 デイリークエスト<一日一善>を達成しました 》

《 <祈り><一日一善>がともに達成されました クエスト報酬で経験値が上がります 》

《 経験値が+500されました 》

《 現在のレベル:-51 現在の経験値:270/1000 》


 こんなので良かったのか。

 出来てしまえば、案外ちょろいものだったんだな。




 城に戻ると、俺は書庫に向かった。


 システムメッセージで、<正しい行い>とか<悪しき行い>とか書いてあったのが、経験値の上がる行動と下がる行動になるようだ。事前に、どんなものがあるか調べておこう。


「倫理とか宗教関係の本で調べれば、出てくるかな」


 書庫の本をパラパラとめくってみた。


「えっと、昔の聖人が行ったこと……」


・奇跡を用いて不治の病を癒す


「治癒魔法ってことか? 使える者はほとんどいない。俺には無理だ」


・海を2つに割って人々を逃がす


「……出来るわけがない」


・神様のありがたい教えを広めた


「……知らないな」


 中々、ちょうど良いのがない。逆に、<悪しき行い>っていうのは、何だろう。


七大罪: 傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、淫蕩、暴食、怠惰


五悪: 殺生、偸盗、邪淫、妄語、飲酒


「他にも十戒とか、色々出てくるな。……やっちゃいけないことは多いけど、何をすればいいかは、具体的に出てこない」


 困ったもんだ。レベルが下がらないように、注意することは多いのに、どうすればレベルが上がるのかは、ハッキリしない。

 だが、時間を巻き戻ってやり直せているのは、この<システム>に付き合うためなんだろう。やれるだけやってみるか。


 こうして、俺の2周目の人生が始まった。

 まずは、17歳で死なないように、レベル上げをしてみようと思う。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る