そろそろソロも卒業したい
皮以祝
そろいもそろって頭がおかしい
深い森の中、魔術師は独り、風情のある小屋で暮らしていた。
彼は、稀代の魔術師と呼ばれ、魔術の進歩を五世紀は進めたと言われる。
多くの功績を残し、王都には銅像まで建てられているほどの有名人。
そして、なおも捜索依頼を出されているほどの彼は、小屋の中で今日も退屈していた。
彼は、他者との交流に疲れ、この森にやってきて、療養と銘打って暮らしていたが、今では交流に飢えていた。
しかし、彼の名前が知られ過ぎている故、気軽に人里に下りようとも思えなかった。
「ん……」
そんな彼は、あることに気づく。
この森に、子供が入ってきた。
△▽△
「まだいるのか」
先程、森に侵入した子供。
4人中、3人は早々に帰っていったのだが、一人が全く動いていない。
「死んではいないが……」
迷っている場合ではなさそうだ。
魔物が近づいている。
近くに跳ぶと、頭から血を流す子供が横たわっていた。
「……」
すこし生命力が弱いとは思っていたが、ここまで大けがを負っているとは。
オオカミは血の匂いにつられて駆けていたのか。
「とりあえず、運ぶか」
治療をしてしまおう。
△▽△
「ん……」
「起きたか」
「……っ!? だ、誰!?」
「森で怪我をしていただろう」
「っ!?」
自分の頭を触っている。
既に傷口はないが。
「……もしかして、神様ですか?」
「違う」
「だって、頭を……」
「ただの魔術師だ」
頭からは血が出やすいだけだ。
「あ、ありがとうございました?」
「疑問形なのは気になるが、礼を言えるのはいいことだ。それで、お前は麓の村の住人であっているか?」
「え、あっ、はい」
「じゃあ、送るぞ」
「え、ま、待ってください!!」
「なんだ」
術を止める。
「殺されちゃいます……」
「ん? そういえば、3人は……」
先に去っていった3人を探せば、村に戻っているようだった。
それも何もなかったかのように過ごしている。
「……治療のできるものを探しに行ったのかと思っていたが……」
「そんなわけないです……最初から殺すつもりで……」
「ふむ……」
過去を視る。
目の前の子供を追いかけるように、3人が走っている。
そして森の中へ逃げ込み、後ろから頭を叩かれた、と。
「……物騒な世の中になっていたのだな」
こんな風になっているとは。
「法はあるのだろう? 裁いてもらえばいい」
「無理です……」
「何故だ」
「……相手が、村長の息子だからです」
「……ふむ?」
村長の息子が、法の上に立っているのか?
いや、なるほど。
閉鎖された場所特有のあれか。
「いっつもいじめられてて……」
「まあ、そういうこともあるのだろうな」
生物がいる以上、いじめは存在し続けるだろう。
「今回は、もう、最初から、殺すつもりで……」
「そもそも、なぜこの森に来た? 村の中で匿ってもらえばよいだろう」
「……みんな、あっちの味方だから」
「難儀なものだな」
「それに、誘導されてたみたいで……」
「誘導?」
「『この森で死んでも、魔術師のせいになるから』って」
「なるほど」
私は今、どのように見られているというのか。
「ふむ……ちょうどいいか」
「え?」
「お前、ここに住め」
「はい……はいっ!?」
「いい返事だ」
「いや、え、あれ!?」
△▽△
「さて、お前は弟子になったわけだが」
「いえいえ、あの。なってません」
「返事をしただろう」
夕食のスープを飲む。
ほう……料理の腕は良いな。
「……そもそも弟子って、誰のですか?」
「私のに決まっているだろう」
「おじさ……お兄さんの?」
「わざわざ言い直す必要はないが……」
「……おじさん?」
「お前からすれば、おじさんというより、おじいさんではないか?」
「え、いや、そこまでじゃ……」
「私は100は超えているぞ」
「100……? え、歳が!?」
「魔術師なのだから、当然だろう」
「え、しらない。魔術師って歳取らないの……?」
このような場所に他の魔術師は寄らないものな。
だからこそ、私もここに住んでいるのだし。
「胸もあったし、お前は女だろう? 永遠の若さが欲しいのではないか?」
「待って!? 私、胸ないんだけど……?」
「謙遜する必要はない。脱がせたときに」
「ぬ、脱がせた!?」
「いちいちうるさい奴だな。着替えさせたのだから当然だろう」
「いや、え……えぇ……?」
忙しいやつだが、嫌いではない。
今までの静かな食卓よりも、断然好みだ。
「では、明日から魔術を教える」
「まって!? 言いたいことが――」
△▽△
「ぎゃぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!!!!!」
「……」
「ごほっ……はぁ……はぁ」
「ふむ」
「ふむ、じゃ、なあああいぃぃ!!」
「元気ではないか」
弟子、ティアというらしいが、彼女に
「これで準備は完了だ」
「なに!? 私、今、何されたの!? 外に出た瞬間、殺されかけたんだけど!?」
「死ぬわけがないだろう」
「説明しろ!」
「魔穴のか? そうだな……魔術を使うために必要なものだ」
歳も15で、今まで触れてこなかったのなら、難しい説明など必要ないだろう。
「うわぁぁぁああああぁぁぁ!!!!」
「ほう……これほどの水を……お前、センスがあるぞ」
「もうやだ……おうちかえりたい……」
「折角だ。魔術を覚えてからにしろ」
「……私、なにやってんだろ?」
「魔術を使う準備だろう」
「……私、なにやってんだろ……」
もう慣れたのか。
思わぬ拾い物だったな。
「では、最後に」
「え、もう最後? まだ朝……ってねえ? なんで近づいてくるの? ちょっと、ねえ!?」
「……」
「んっ!? ん~~!?!?!?」
魔術式を教える。
「よし」
「は? はぁぁぁあああぁぁぁ!?!?!?!?」
「どうした」
「どうしたじゃない!! え、なんで!? なんで、キス……私の、ファーストキスぅぅぅぅ……!!!」
「おい。そんなくだらないことを言うな。魔術が穢れる」
「私のファーストキスは穢れるどころか失われたんだけど!? なんで!? どうして!? え、責任……」
「元気だな……」
「誰のせいだぁぁぁぁあああぁぁぁ!!!!!」
「いや、普通はすぐに倒れるのだがな?」
「え……? い、いたぁぁぁ!?!? いたいいたいいたい!!!! ぎゃぁぁぁあああぁぁぁ!!! あああ、あっ……」
眠った。
ベッドに運んでしまおう。
△▽△
「ん……」
「起きたか」
「……夢かぁ……」
「ほう……どんな夢だ」
「いや、私のファーストキスが……」
「まだ言っているのか……」
「夢じゃないぃぃぃ!!!」
寝起きに騒がしい奴だ。
不調が無いことは確認していたが。
「くちっ! くち洗わないと!!!」
「3日も前のことをいつまで騒いでいる……ほら、水だ」
「はやくはや……まって。なんて?」
「何がだ」
「3日前?」
「お前が眠ってから3日経ったが」
「なんでぇぇぇええええぇぇぇ!?!?!?」
△▽△
「それでぇぇ? なんであんなことをしたのか聞かせてもらっていいですかねぇぇ?」
「火の魔術」
「ん……? え、なにこれ!?!?」
頭に手を当てて、ぶんぶんと左右に振っている。
「定着したようだな」
「何が!?」
「お前がキスキスと騒いでる魔術式の伝承だ」
「え、あれが!?」
「なんで私がほぼ初対面のお前に接吻などするのだ。そんな人間はおかしいから、近づくべきではないぞ」
「いる! 私の! 目の前に!!」
「だから、接吻ではないと言っているだろう」
「私にとっては、キスだったの!!」
「まあ、そう考えたいのなら勝手にしろ」
「ひどすぎる!!!」
八つ当たりのように、朝食を飲み物のようにかきこんでいる。
「さて、お前はもう弟子ではないわけだが」
「捨てられてる!! 私、キスだけされて捨てられてる!!!」
「何を言っている。私に教えられることは教えた」
「なんで!? 魔術式?って言うやつを、教えられた?だけでしょ!?」
「それで終わりだ。私が知りうるものは全て教えた。後は自分で研鑽するしかない」
「いや、え……? えぇ……??」
「もう、村に戻ってもいいのではないか?」
「展開がっ!! 急すぎる!!!」
「お前がもう恐れるものなどないだろう」
「そんな……え、まじじゃん。え、こっわ! 私こっわ!! こんなことできるの!?」
「できると感じたのなら、できるのだろう」
頭の中で自然に、魔術の計算を行ったのだろう。
「え、こんなことしたら、あいつら死んじゃう……」
「お前は死にかけていたがな」
「そうだった……ついこの間殺されるところ……いや、実質殺されてた……」
「復讐するもしないも勝手にするが良い」
「……もしかして、実は悪魔だったりする?」
「魔術の使い方は、本人の自由だ。他人に左右されるものでは無い」
「そ、そう?」
「まあ、私から言うとすれば、蘇生魔術より殺す方が容易であろう。いつでも殺せるのだから、生かしておけばいいのではないか?」
「……私、やってしまった気がする……」
△▽△
「さて、村へ戻れ」
「う、うん……」
追い出すわけではないが、本人も、ここにいつまでも、いるわけにはいかないとわかっているだろう。
少なくとも、一度は村へ向かうべきだ。
「あと、これを村長に渡せ」
「……村長はもういない」
「ん、そうだったのか?」
「村長夫婦が死んじゃったから、その息子が……」
「ふむ……親族はそれだけか?」
「一応、前村長、あいつのおじいちゃんはまだ……」
「では、そいつに渡せ。というより、そっちの方が都合がいい」
「わ、わかった。うん、ちゃんと渡す」
「では、行ってこい」
「……はい!」
△▽△
「うぅ……」
なんて言って入ればいいの……?
一日もかからず帰ってくるとは思ってないだろうし……
というか、説明不足が過ぎる!!
元村長の知り合いで、村に魔物が来ないように森に結界張ってたとか聞いてない!
それで、弟子って名乗ったら全部解決して……
やめやめ。
どうせ扉の前にいるのは気づかれてるだろうし。
あの人……師匠?
「し、師匠! ただいまもどりました! ……? 師匠……? いないんですか
……?」
返事の代わりに、手紙がゆっくりと落ちてきた。
魔術の痕跡。
これは――別れの手紙。
そろそろソロも卒業したい 皮以祝 @oue475869
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