五の四
轟弥兵衛は、賭場の帳場格子にもたれかかって、無精ひげをなでながら、なにか思案しているような顔つきで、にぎわっている
この三十をちょっと越えた壮年の男は、苦み走った顔で、じっとなにかをみつめていた。
彫りの深い顔に、太い眉の間にいつも皺をよせていて、鋭利な刃物のような目がたえず他人を刺すような輝きをはなっていたし、かたく引き結ばれた大きな口はへの字に曲がっていて、なにを話しかけても相槌すら打たなそうで、声をかけるのもはばかってしまうほど威圧感があった。
六尺(百八十センチ)をはるかに超える体躯は、隆々と筋肉でおおわれていて、時々、だらしなくくつろげた襟の隙間から胸毛がみえ、そこから湧いてくる体臭が、むせるような野生味をはなっていた。
そういう近づきがたい雰囲気のせいで、周囲にいる大半の者たちは、彼を見誤っているのだが、轟という男は野性的な見ために反して、怜悧で計算高い一面を内面に潜ませていて、それに気がついていたのは新選組でも、ごくわずかな、土方歳三のような彼に似た型の人間くらいなものだろう。それも、はっきりと見ぬいているわけではなく、ただなんとなくそんな感じがする、というくらいなものだった。
端的に云えば、轟という男は、つねになにを考えているのか誰もわからないために、不気味な畏怖を感じさせ、必要以上に周りから厭悪されている人間なのだった。
はたして、いま彼がみつめているのは、ツボ振りなのか、客なのか、
帳場にすわっている胴元の辰次郎は、ちょっと気おされるように遠慮がちに、だが充分な警戒心をもって轟を横目でみていた。
ツボ振りの男が
さきほどから轟は、じつは場の全体をみわたしていたのだった。
賽子の目は半と丁、同じ程度に出ているようにみえて、実は、客のひとりの男が負けるように出目を調節されていた。三回に一度くらいの割合で勝たせ、他は負けさせる。そうして、じょじょにその男から賭け金をむしりとっているのだった。
その中年の飲んだくれの職人風の客は、ついさっき、ああまただついてねえや、と投げたようにに嘆きつつも、もうすでに、つぎの勝負に前のめりになっている。
ツボ振りが賽子をツボに入れた。それを、盆茣蓙におく瞬間――。
いつのまにかその背後に立っていた轟が、ツボ振りの手首をつかんだ。ツボのなかからこぼれでたのと右手から、あわせて三つの賽子がその前に転がり落ちた。
その場の全員が、あっと息を飲んだ。
直後、喧嘩っ早い若い衆が、
「さんぴん、余計なことをするんじゃねえ」
怒号して轟に飛びかかる。が、一瞬あとにはその男はもんどりうって倒れ伏していた。
続いて、中盆や腕をはなされたツボ振りもくわわって、いっせいに殴りかかった。だが、誰も轟に
そこへ、じつに平然とした感じで、仙念の藤次が入ってきた。
「あ、いたいた。さがしましたよ、どうせこんなところにいるんじゃないかと思っていましたけどね」
気安く轟に話しかけるのだった。
周囲の惨状に関しては、またやったな、くらいのようすで、別段気にするそぶりもみせない。
「なんだ、藤次じゃねえか」
轟は、顎の無精髭を撫でながら、盆茣蓙の上に座りこんだ。
藤次もその脇に腰をおろして、挨拶をかるくかわしてから、伝達事項をつたえるのだった。
それを、ふんふんと聞いていた轟であったが、
「なに、じゃあ、川井が全員を倒したのか」
「はい」
「おいおい、かついでるんじゃあるめえな」
「まさか、嘘はこれぽっちもありません」
「まいったな。川井といやあ、秘剣なんとかいうのを使うんだったな」
まいったな、ともう一度つぶやいて、顎を撫でながら周囲を見回した。
やがて、帳場の胴元と目が合った。
轟の口がにやりとゆがむ。
胴元は、その笑みに答えるように、ひきつった笑みを浮かべた。
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