一の三
一、士道ニ
一、局ヲ脱スルヲ
一、勝手ニ金策
一、勝手ニ訴訟
一、私ノ闘争ヲ不許
右条々
新選組局中法度。
鉄の掟である。
失敗すれば、即切腹。
卑怯なふるまいがあれば、切腹。
局中法度は新選組の根幹であり、これを曲げることは組織の瓦解を意味すると云っていいほど、絶対の規律であった。
今回の追討のように、隊規に反したものを切腹をさせるのではなく、斬殺せよ、などという命令は異例であったが、それでも、藤堂平助は八番隊をあずかる隊長であり、討伐隊の指揮をまかされた以上、任務を遂行しなくてはならない。
たとえそれが、憧憬の念をいだいていた相手であっても――。
平助たち討伐隊は、先行して探索しているものたちと連絡を取り合い、瀬田の大橋の近くまで馬で駆けてきたのだが、その辺りで、逃亡者たちの足跡が、ぷつりととだえた。
探索の、
藤次という男は、以前から新選組の手先(目明し)として働いていて、ちょっとこすずるい感じはするが、情報網も広く、仕事も
――この男がそういうのなら、まず間違いはないだろう。
そこで平助は、こちらも隊をわけることにした。
轟、御堂、坂井、正木、桐野の五人を、東海道、中仙道方面に向かわせ、平助と小畑のふたりは、琵琶湖の西を北へと向かった。
一番会いたくない相手を、捜索を開始した初日に見つけ、戦うことになるなど、思いもよらなかったが、見かたをかえれば、一番の面倒ごとをはやめにかたづけられたのは幸運だった、と云えるのかもしれない。
雨は通り雨だったらしく、すぐにあがり、晴天とは云えなかったが、空を覆う雲のところどころに青空がのぞきみえるようになっていた。
藤堂平助は、湖に落ちた川井信十郎の捜索を、近隣の漁師たちに依頼した。
その辺りは、琵琶湖の水が流出する瀬田川へも近く、おそらく南へと流されたであろうから、その方面をさがしてくれるように頼んだ。
捜索を始めて一刻ばかりたったころ、湖岸を歩いて岩陰や葦の茂みのあいだを捜していた平助のもとに、漁師たちの差配役をしていた年配の漁師が、ひとりの、中年の男を連れてきた。
その中年男が言うには、なんでも以前この辺りで船の櫓を流してしまったのだそうだ。さいわい浅瀬だったものだから、竿を使ってどうにか岸にはたどりつけたらしいのだが、流した櫓はあきらめるしかないと思っていた。だが、数日後、坂本の漁師仲間が、その櫓を持ってあらわれた。男はこんなこともあろうかと、櫓に自分の名前を彫っておいたのだそうで、それを見つけた知り合いが届けてくれた、というわけであった。
最初、平助は、なにを言っているのか、この朴訥な漁師の話をいぶかしむように聞いていたのだが、最後になってようやく理解ができた。
「ということは、湖に落ちた男も、坂本あたりに流されているかもしれない、というわけだな」
と平助が念を押すように聞くと、男はへいとだけ、なぜか申し訳なさそうに返事をするのだった。
どうやら、瀬田川に近いからと云って、必ずそちらに流されるとはかぎらないようだ。
差配の男が付けくわえて云うには、なにか地形の関係か、この辺りは湖流が複雑な動きをするようで、そんなこともありえるのだそうだ。そして、今日は、波が多少荒れているので、ひょっとすると、もっとさきまで流されてしまっている可能性もある、ということだった。
うなずいた平助は、漁師たちに、いくばくかの謝礼金をわたし、明日までさがして何もみつからなかったら、捜索を打ち切っていい。男をみつけたら、――その時はたぶん遺体になっているだろうが、自分にではなく、京の新選組屯所まで知らせるように、と命じて、その場をはなれた。
――坂本か。
と平助は吐息をついた。
ここから坂本まで、湖上を直線距離で一里半ほどだろうか。
そんな距離を流されて、川井が生きているとは思われないが、ともかく、他の脱走者も捜索しなくてはならない。
小畑には、坂本まで行って、手がかりが見つからないようなら、いったんそこにとどまり、平助の到着を待つように、と云っておいた。
ひょっとすると小畑がさきに川井を見つけるかもしれないな、と思いながら、平助は馬を急がせた。
もう太陽は、比叡山の稜線に半分その身を隠していた。
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