黒電話の悪魔

柿本 修一

はじまり

ある雨の日。一本の電話。

最近はずいぶんと便利な世の中になった。

 携帯電話さえあれば大方用事が済んでしまうのだ。

 こんなに楽ができるならうれしいじゃないか。


 家に電話を引く必要は無いと思っていたんだけれど、どうもそういうわけにも行かなかった。

 クレカを作ったり、光回線を引いたりするとき、どうしても家電が必要になるようだ。(と、誰かに言われた。)


 渋々家電を契約してこの家に入った。

 せっかくなので、本体はレトロな黒電話にしておいた。近所のリサイクルショップで見つけた一品だった。


 あれからすでに20年近く経つ。

 ほとんど使わないおかげで未だに現役?として活躍中だ。ただ、家電で電話をかけた試しはない。



 会社を定年手前で退職し、契約社員になって15年以上経つ。

 若い頃は、趣味に費やす金が無く、趣味の方を諦めてきたが、この年になると今度は趣味をこなすだけの体力が無い。

 旅行に行きたくても腰が重い。

 この年でようやく読書に目覚め、最強の読書環境を整えようと、座り心地の良さそうな椅子を探しに出掛け、ついに業務用の椅子と出会った。

 ライトノベルやライト文芸を買いあさり、硬派な文芸には一切手を出さず、だんだんと部屋を埋める本棚には、買い溜めた本(基本的に全巻)がぎっしりと詰め込まれている。

 ありがたい環境だった。若い頃に出来なかった事を、今になって楽しんでいる。


 ただ、これ以上の趣味に出会えていない自分がいる。

 書店でラノベコーナーを任されても大丈夫そうなほど何冊も本を読み、毎月新刊を買い漁り、またそれを読む。実に充実していた。ずいぶんと納税したものだ。

 ただ、これ以外に散財する用事が無い。せっかく溜めた金なんだから、死ぬまでにはきちんと散在したいが、すくなくとも本を買い漁る行為だけでは不十分だった。


 口座の預金額は、思ったより膨れ上がる。

 いかん、このままだとまた高額納税になるぞ、、、

 いっそ田舎に家建てて、でっかい書斎を作るか。



 なんて妄想を膨らませていた時である。




 ジリリリリリリリリリリリリン・・・


 ジリリリリリリリリリリリリン・・・




 もはや存在を忘れかけていた黒電話が鳴った。

 がらくたに埋もれた黒い塊を引っ張り出し、無防備に手をかけ、電話に出た。




 ・・・これが、全ての始まりになるとも知らずに。

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