初めてのソロ活
かきつばた
ただ独り
カランコロン。
ドアを押し開けると、聞きなれた鈴の音が耳に届く。
昼下がりの喫茶店。客の数は疎ら。俺は特に何かを気にするでもなく、席を求めて奥へと進む。
「今日は独りなんだ」
「ええ、まあ」
水を運んできてくれた店員と言葉を交わす。
大学からほど近いところにあるから、講義の合間とかに来ることが多い。マスターや一部の店員とも顔見知りの関係だ。
考えてみれば、独りで来たのは初めてか。いつもは誰か一緒だ。同じ講義を受けている友人、あるいはサークル仲間。
今日は休日でサークルもない。だから、誰とも都合が合わなかった……というよりは、つけなかった。
たまには外で独りで過ごしてみる。最近はやりのソロなんとか。そんな憧れへの第一歩のつもりだった。
メニューを取り出してじっくりと吟味する。連れがいると、気を遣ってだいたい同じものを頼む。こんなに考え込むことはない。
すると、意外と種類が豊富なことに改めて気づかされた。
飲み物類は当たり前だが、軽食類、さらにはデザート。それぞれオーソドックスなものを多く取り揃えてある。
その中で――
『プレミヤムゴールドスペシャルセット』
ヤバイネーミングのものを見つけた。二千円という学生街にあるにしては、ぶっ飛んだ価格設定。
もちろん、予算オーバーなので見て見ぬふりをするしかないのだが。
それにしても、なんだろう。小学生男子のソウルを感じる。仰々しい形容詞をやたらめったらと組み合わせてある辺りに。
いろいろ考えた末、やっぱりいつもの『昔ながらのコーヒー』を選んだ。
告げた時、店員のお姉さんがやっぱりな、という顔をしてたのは気のせいだと思いたい。
待っている間、ゆっくりと店内を見回す。飾り気の少ないレトロな内装。とてもリラックスできて、のんびりとした気分になれる。
こう、なにもせずぼーっと待つのも悪くない。背もたれにぐっと寄りかかって、コーヒーが来るのを心待ちにする。
誰かと一緒なら、話とかして時間を潰すんだろう。それも悪くないが、たまに息が詰まる感覚がある。ふとした沈黙とか。今も同じ沈黙なのに、そう感じないけれど。
「はい、お待たせしました」
「どうも」
ソーサーと共にコーヒーカップがやってきた。
真っ黒な液体から湯気が立ち上がり、芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。うん、とても気分がほっこりする。
カップを持ち上げて、改めて中身を揺らす。自然と顔が綻んで、優雅な気分に全身で浸れた。
――おいしい。
口いっぱいに広がる苦み。それを追いかける酸味。液体が喉を通り過ぎれば、まろやかな渋みが残るだけ。
いつも飲んでいる味のはずなのに、とても違った風に感じる。続けざまに、二口目を口に含む。
ああ、この店のコーヒーはこんなにもおいしかったんだ。
認識を新たにしながらカップを置いた。そして、ふーっと長く息を吐きだす。
俺は鞄から一冊の文庫本を取り出した。カフェでのんびりが今日のテーマ。お供として選んだものがコレ。
最近では、空き時間はいつもスマホを弄っている気がする。本を持ち歩くなんて久しくなかった。
今日は、置き去りにされたのはそのスマホの方なんだが。
ページをめくる手はどこまでも順調。スラスラと内容が頭に入ってくる。
時間はゆったりと、穏やかに流れていく。喫茶店内という公の空間の中で、俺は確かに周りから隔絶されていた。
家で独りでいるのとはまた違った感覚。
周りには確かに人がいる。窓の外をみれば、なおさらそれは強く実感できる。
そのギャップが、自分の孤独さをはっきりと意識させてくれる。どうしようもなく独りきり、しかしそこに寂しさはなく、自然と自分の中だけであらゆることが完結していく。
ううん、なんとも表現しづらい。とにかく、至極単純な言葉だが、独りの時間も気楽でいいな、というのが結論だ。
三度コーヒーに口を付けながら、俺はまた本のページを捲るのだった。
初めてのソロ活 かきつばた @tubakikakitubata
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます