死にたがり少女に花束を
大盛ぺこ
ねぇ、いなくならないでね。
幼稚園の屋上。一人の小さな少女がフェンスを虚ろな瞳で眺めている。顔には大きな絆創膏、腕には青あざとタバコを押し付けたやけどの痕がある。
少女はしばらく風に身を委ねていたが、ぱっと動いてフェンスをよじ登ろうとした。その時だった。
「みずはちゃん!」
幼い男の子の声。瑞葉と呼ばれた少女はばっと勢いよく振り返る。その目には、今にも泣き出しそうな怯えが浮かんでいた。
「みずはちゃん。なにしてるの?」
「ゆうきちくん…どうして」
「せんせいがさがしてたよ。きょうのおやつ、ドーナツなんだ。みずはちゃん、すきでしょ?いっしょにたべようよ!」
「だめだよ…みずはは“ばかでぐず”だから、いなくならないといけないんだ。みんなみたいによくできないし、しょうらいなにもなれないんだよ。ママがいってた」
「しょうらいなれるのもあるよ!」
勇吉が場違いにぱっと笑った。曇った空から、一筋の柔らかな光が差し込む。
「ぼくの、およめさん!ぼくがおとなになったら、ぼくのおよめさんになってよ!」
瑞葉はゴシゴシ顔を擦った。涙が出てきた。でも、悲しい涙じゃない。嬉しい涙だ。
「うん!みずは、しょうらいゆうきちくんのおよめさんになる!」
そう言って瑞葉は口が裂けてしまうくらいに笑みを浮かべた。
今にも冷たい雨粒が降ってきそうな真っ暗な空の下。少女は虚ろな瞳で、どこでもないどこかを見ている。セーラー服のスカートが翻る。風が吹き、彼女の未練を全てさらって行く。今の瑞葉は空っぽだ。なのに、どうしてあんな思い出を。思い出すだけで、きっと苦しくなってしまうのに。
それでも瑞葉はフェンスの上に立つ。足をくっと斜めにし、力を抜いたその時───
「瑞葉!」
あの時よりも力強く、低くなった声。間違える筈なんてない。でも、どうして。どうして、止めるの?
「瑞葉」
もう一度静かに勇吉は言う。よろめきながら瑞葉ににじりよる。手には、花束が握られていた。とても、大事な命綱のように。
思わず瑞葉は駆け寄る。勇吉は呼吸を整えると、花束を突き出した。
「俺と、結婚してください!」
瑞葉は声を失った。ようやく絞り出した声は、息の足りない笛の音のように頼りなかった。
「どう、して──」
「約束、したから。君を迎えに来るって。俺、昨日誕生日で、ようやく十八になれたんだ。だから、さ」
瑞葉が何も言わないのを見ると、勇吉は続けて言った。
「お前が自分のこと嫌いなのは知ってる。誰がどうしても、きっとお前はお前自身を好きになれないんだろう。だから、代わりに俺が君を愛すよ。だから、俺の事も愛してくれ。お願いだ」
瑞葉は何も言えなかった。硬く冷たくなった心に、じんわりと暖かななにかが染み込んでいく。心が溶かされると同時に、ぶわっと涙が吹き出した。温かい涙だった。嬉しさから来る涙だった。
「ばっかじゃないの…フツー、そんな約束覚えてる?フフッ…フフフ…アハハハハッ!」
「わ、笑うなよー!」
勇吉が赤くなって言った。
「あ、そだ、これ。受け取ってくれよ。やっぱりこういうのはバラだと思ったんだけど、でも、この花君に似てるから」
差し出された花束の花は─────
アネモネだった。
アネモネの花言葉は、「君を愛す」
おしまい
死にたがり少女に花束を 大盛ぺこ @usotukiusagi
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