美しく青き

かおる

冬の終わり。

 窓に流れる雨の雫がこの町を曖昧にしていた。

 締め切った小さな部屋の隙間には雨音が忍び込んで、くすんだ壁紙をねずみ色の雲がぼんやりと照らしている。

「凛さん。わたし、幸せでしたよ……?」

 見慣れたはずの、透きとおった背中の肌に少しドキドキしながら呟いた。

 心地よい気だるさがわたしを支配していた。ちょっと肌寒い。そう言い訳して、目の前の背中に左手をそっと重ねる。

 あたたかい。

 汗はすっかりひいて、半刻前の上気した肌はすっかり元に戻っている。呼吸に合わせて静かに動く凛さんの背中はいつにも増して綺麗だった。

 当てた左手の体温が凛さんと同化していく。触れた指の腹が、貴女あなたよりも少し太い関節が凛さんのモノになっていく。わたしと貴女の境界はあやふやになり、二人はひとつになる。

 わたしは貴女を侵していく。新雪のごとき肌を踏み荒らしているようで、恍惚と背徳に包まれたまま指を首先へと進めた。

「このまま、ずっと――」

 それは、伝えられない言葉。届いてはいけない言葉。

 でも今は、雨が隠してくれるから。

 耳の後ろから、そっとほほに触れる。規則正しい寝息を指の先で感じたまま、首筋にそっとキスをした。

 ゆっくりと左手を引くと、人差し指の爪におおきな雫がひとつ揺れていた。

 舌の先でぺろりと舐める。じわりと口に広がったそれは、涙の味がした。

「うそつき」

 背を向けた凛さんをしっかりと抱きしめた。今度はわたしの体温を移すかのように。わたしの痕跡を、貴女に刻みつけるかのように。

 雨はまだ止まない。けれど雨足はだんだんと弱まって、灰色の雲のほとんどが空の端に集まっていた。

 おねがいだからもう少しだけ。すっかり冷めてしまった躰(からだ)を白いベッドシーツに二人、繭のように包まれて、春の、冬の残滓を纏った霧雨にわたしは祈る。

 さなぎよ。つぼみよ。ひなどりよ。うつしくあおきものよ。

 ――ただ、無垢なる幸福を。

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