第10話
衛兵たちは、王を守る為、敵軍と必死の攻防を繰り広げました。しかし、自国の民が前衛に多勢混ざっておりますので、火力の高い攻撃ができず、防戦一方になってしまいます。その間に、後方の敵軍が弓矢で攻撃を仕掛けます。彼らは、流れ矢が民にあたることなど全く気にせず打ち込んできます。砂の国の兵が不利な戦いを強いられる中、アレクシスは乱戦の最中を掻い潜って、王妃がいるであろう、王宮の奥に向かって走ります。王妃の首をとれば、戦を終わらせることができる。一刻も早く王妃を討つこと。それしかアレクシスの頭にはありませんでした。
途中、幾人もの兵を斬り捨てながら、アレクシスは王のもとにたどり着きました。返り血にまみれたその姿を、サラも隠し扉から見つめました。
「……貴様が、アレクシスか」
「兄上」
アレクシスと王が向かい合います。二人の顔貌は本当にそっくりです。王は静かにアレクシスを見据えており、アレクシスは、潤んだ瞳で兄を見つめています。
「私は、兄上とは戦いたくありません。私たちは血を分けた兄弟なのですから。神も、兄弟同士の争いはお望みではないでしょう。この国の王であり、熱心な信徒であるはずの兄上が、どうして玉座に拘っているのか、私にはわかります。前妃のアイーシャ様を亡くされた後に迎えた新しい妃が、兄上を唆したのでしょう」
「……なんだと」
王にはもちろん、サラ本人にもまったく身に覚えのないことです。
「賢く美しい前妃アイーシャ様を殺したのは、現在の妃による陰謀だ、という話も聞きました。神託によってお二人は婚姻した、と聞きますが、悪魔が干渉して誤った神託を兄上にお聞かせしたのではないか、と私は疑っています。そうでなければ、兄上が私欲に拘って玉座を手放さないなど、考えられません。兄上が厳格な信徒であるというのは、異国に身を置いていた私の耳にも届いております。……もしかしたら、忌まわしい魔術か何かで、兄上には妃が美しい人に見えるのかもしれませんが……実際は、火傷に覆われた醜い女なんですよ。どうか目を覚ましてください。悪しき王妃を討ち、兄弟ともに手を取り合って、砂と黄金の国に平和をもたらしましょう!」
アレクシスは、兄に手を伸ばします。その表情は笑顔で、兄がこちらの味方になることを疑っていないようでした。
「……貴様。自分が正しいと信じて疑っておらぬ顔だな」
王は、じっとアレクシスを睨んでいます。ほとんど表情は変わっていませんが、サラには王が本気で怒ったことがわかりました。
「……あれを見ろ。下だ。」
王は、窓の外を指し示しました。アレクシスが窓の外を見下ろしてみます。隠し部屋に身を隠すサラには見えませんでしたが、そこに広がっていたのは、荒地と太陽の兵が、民の家に上がり込んで食糧や金目のものを強奪し、男を捕まえては殺し、女子供を捕まえては、服を引き裂いて、その身体に馬乗りになっている有様でした。
「な……!」
荒地と太陽の兵は、高潔な志を持った仲間たちだと信じていたアレクシスは目を疑いました。
「かの国が貴様をどう唆したのかは知らないが、奴らは見ての通りの野蛮人だ。貴様は奴らに良いように利用されただけだ」
「そんな、違います! 彼等は、神の御為に戦う、敬虔な心の持ち主です!」
アレクシスは、何かに気がついたように、はっとした顔になりました。
「そうです、きっと彼等は悪魔の気にあてられしまったのに違いありません。原初の悪魔も、周囲の者どもを悪しき欲望で満たさんと誘惑し、この世に堕落という概念を持ち込んだのです。だから……」
「いい加減にしろ」
王の眼光がより一層鋭くなったかと思った次の瞬間、王は剣をすらりと抜いて、アレクシスに斬りかかりました。
「何をなさるんです!」
「サラは、何の邪悪な力も持たぬ、普通の女だ! 悪魔の力など持っていようはずがない。すべての罪をたかが十七の女になすりつけて、自分だけ正義面をするなど、片腹痛いわ! 恥を知るがいい!」
王は、疾風のごとき勢いで、アレクシスに斬りつけました。アレクシスは咄嗟に腕で身を庇いますが、勢いに押されて、ふらりと後ろによろめきました。
「落ち着いてください、兄上!」
「黙れ! 何も知らぬ小僧が、知ったような口で根も葉もないことをペラペラと……貴様はもう生かしてはおかぬ。サラが火傷だらけの顔と身体であることなどわかりきっている。美しさや賢さ、慎み深さで言えば、前妃アイーシャに及ぶべくもない。だが、私に寄り添い、共に戦うと言ってくれた私のかけがえのない妃を、赤の他人が侮辱することは許さぬ!」
王の剣の腕は、アレクシスよりも上でした。どんどんアレクシスを追い詰めていきます。ついには、アレクシスは部屋の隅にまで追い込まれてしまいました。
勝つ、とサラは思いました。
神に疎まれた、自分の夫が勝つのだ、と思いました。隠し扉の中で、サラの目が煌めきました。
「……貴様も一国の将となった以上、覚悟はできているだろうな。死ぬがよい」
王は淡々と言って、ひゅん、と剣をアレクシスの首めがけて振りあげました。アレクシスは思わず目を瞑りました。
……剣を振り上げた姿勢のまま、王はぴたりと動きを止めました。
アレクシスが恐る恐る目を開いてみますと、王の左胸に、矢が貫通していました。駆けつけたアレクシスの配下が、敵の王に向かって矢を放っていたのでした。その彼の後ろに、荒地と太陽の兵が続々とやってきました。
「やめ……!」
アレクシスが思わず王に手を伸ばしますが、既に遅く。王は荒地と太陽の国の矢を一身に受け、その場に倒れてしまいました。
「陛下……!」
サラは隠し部屋の中から叫びました。出ようとしてドンドンと扉を叩きます。
「……誰かいるのか」
兵の一人が、隠し扉に近づきます。その足を、たおれていた王が手を伸ばしてがっしりとつかみましたので、一同は大変驚きました。
「よせ……その扉を開けるな……!」
足を掴まれた兵士は気圧されて動きを止めましたが、横から別の兵士が近寄って、王の背を軍靴で踏みつけました。また別の兵は、王が鍵を持っているのだろう、と無遠慮に王の懐を探り始めました。
そのような屈辱を受けてもなお、王はサラの方に敵兵を近づけまいと抵抗します。
自分が死にかけているというのに、サラの身を案じる王の姿を見て。
突如、サラの脳裏に、幼い頃の記憶が一気に蘇ってきました。
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