第4話
翌朝、サラは、王の部屋を訪ねました。医師によれば、傷は見た目よりも浅く、骨や神経に異常はないとの事でした。解毒剤もすぐに飲ませたので心配ないが、それでも一週間は絶対安静だということでした。サラが、王に会いたい事を伝えると、お妃様ですし、短い時間ならば、と許可がおりました。
簡素な(とはいえ、庶民には手の届かぬような上等な綿でできていましたが)寝巻きを纏った王は、錦糸のような金髪を枕に敷いて、美しい白い顔を枕に横たえておりました。扉の開いた音に気がついた王が「誰だ」と声をかけましたので、サラが名乗りますと、にわかに王は眉を潜めて厳しい顔つきになりました。
「あれほど言ったのに、何故前妃の霊廟に入った」
「それはすみませんでした。でも、わざとじゃありません。子犬を追いかけていて、それで……あの子、泥棒がお墓に入ったってわかったんです。だから」
お許しください、と言いかけたところで、サラはハッと気がついて口を抑えました。王の言葉を思い出したのです。
『前妃の霊廟にだけは決して入ってはいけない。入った瞬間、貴様の首が飛ぶと思え』
王の命令に背いた罪で、サラの首は刎ねられるかもしれません。自分だけならまだしも、事の経緯を正直に話してクミンまで巻き込むべきではありませんでした。クミンまで死刑になってしまうかもしれません。サラはクミンを思うと、胸がいっぱいになてしまって、涙が溢れそうになりました。
「……そうか。立派な犬だな。すまない事をした」
慈しむような声音にサラは驚きました。冷酷無慈悲と名高い王でしたから、犬の命など歯牙にもかけないだろうと思っていたのです。
のそり、と王が体を起こしました。
「どうしたんです」
「散歩だ」
「え、良いんですか。絶対安静って言われてるんでしょ」
「黙れ、私に指図できる者など神を置いて他に無い。その犬のもとに案内せよ」
「……何をする気ですか」
「そう警戒するな。功労者を労うのも王の責務だからな」
どうやら、本当にクミンに危害を加えるつもりはないようです。サラは言われるまま、王に肩を貸して部屋を出ました。医師は慌てて王を止めようとしましたが、王は医師の制止も構わず、そのままクミンを寝かせているサラの部屋に行きました。
眠っているクミンを、王は丁寧に撫でました。その目は優しくクミンの方を見つめています。手で触れる子犬のあたたかさを、慈しんでいるようでした。サラは、そんな彼の横顔を見て、これほど命を大切にしてくださる方が、本当に前妃を斬り殺すような冷酷な男なのだろうかと、不思議に思いました。
「しかし、不思議なのは、賊どもを燃やしたあの炎だ」
王はぽつりと呟きました。
「松明の火が燃え移ったにしては、不自然な燃え方だった……あれが、本物の浄火なのだろうか」
「じょうか……?」
「罪人を焼くために、神が天より遣わすという、聖なる火のことだ。神の怒りに触れた者は、浄火により身も心も焼き尽くされることにより、やっと許しを得て清められ、天に召されることができると、聖書には記されている」
そう言われてみれば、サラの両親がまだ生きていたころ、悪を焼き尽くす神様の火があるのだ、だから火を大切にしなくてはならない、と教わったことがありました。それが、浄火という名前であることは初めて知りました。もっとも、火事で家族を喪ったサラには、火は恐怖の対象でありましたが。
王は、聖書の知識がないサラを嘲りはしませんでした。
「……じゃあ、あの盗賊たちはもう」
「全員焼け死んだ。いずれにせよ、王族の墓を荒らした罪は重い。焼け死んでいなかったとしても死罪は免れぬ」
「……あたしは、どうなるんでしょうか」
「わざとではないのだろう。ならば、もはや咎めはせぬ。それより、貴様は怪我はなかったのか」
王は、サラの目を見て尋ねました。
「……はい、あたしは無傷です。お医者さまにも診ていただきました」
「そうか。ならばもう良い」
王は怒ってはいませんでした。命令に背いた自分をゆるし、更に、ぶっきらぼうな口調ではありますが、怪我を心配してくれた王を、サラはますます意外に思いました。彼は、世の中の人々が言うほど、残酷な人ではないとサラは思いました。それに何より、王はサラの顔を見て話をしてくれます。それが、サラには嬉しいような照れくさいような、なんだかむず痒い心地になるのでした。
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