ソロももたろう

ペーンネームはまだ無い

第01話:ソロももたろう

 むかしむかし、あるところに、おじいさんが住んでいました。

 ある日、おじいさんは、山へ芝かりに行きました。

 次の日も、おじいさんは、山へ芝かりに行きました。

 そしてまた次の日も、おじいさんは、山へ芝かりに行きました。

 おじいさんは気づいてしまいました。


「芝かりにばかり行っていたせいで、洗濯物が溜まってしまっておるわい」


 おじいさんは断腸の思いで川へ洗濯に行きました。


「くくくっ、落ちる。汚れが落ちよるわい」


 驚きの白さに満足したおじいさんは何事もなく家に帰りました。

 実は数日前、おじいさんが洗濯をしていた川で巨大な桃が流れる事件が発生していました。もしも、おじいさんがその桃を持ち帰っていたら、稀代の英雄譚に巻き込まれることになるところだったのです。でも、おじいさんは桃を持ち帰ることはなかった。そういう運命だったのです。おじいさんの人生は、すれ違いの人生でした。数十年前、もしも、おじいさんとおばあさんがすれ違わなければ……、おじいさんが一族の継承権を捨てておばあさんと一緒に駆け落ちしていたら……、いえ、その話の続きはまた今度にしましょう。


 おじいさんが洗濯をしてから十数年の月日が流れました。

 おじいさんは自身の余命が残り少なくなったことを悟ります。

 残り少ない余命で何かできないだろうか? 人生に後悔はなかったか? おじいさんはそんな事ばかり考えるようになりました。

 そんなある日、おじいさんは、鬼ヶ島にいる悪い鬼たちが街の人々から金品を奪って私腹を肥やしていることを知ります。

 おじいさんは立ち上がりました。


「わしが街の皆のために悪い鬼を退治してやるわい」


 もちろん建前です。そんな陳腐な嘘では自分自身も騙せません。

 おじいさんの狙いは、鬼たちが奪った金品です。おじいさんは、人生のすべては金だと思っていました。金さえあれば何でもできる。名誉も、女も、人の命でさえも、金さえあれば何でも手に入れられると思っていました。その間違った考えは、おじいさんが幼少期の頃に植え付けられたものです。身代金目当ての誘拐にあってしまい、誘拐犯と幼馴染の女性の命をかけて決闘したあの日に……、いえ、その話の続きはまた今度にしましょう。

 おじいさんは、芝かり用の鎌と、まき割り用の鉈、畑仕事用の鍬を持って旅立ちます。目指すは鬼ヶ島。あとは鬼一族の首。泣いて土下座でもすれば、命くらいは助けてあげるかもしれませんが、それはその時のおじいさんの気分次第です。


 鬼ヶ島へ行く途中、おじいさんは一匹の犬に出会いました。

「おじいさん、おじいさん、お腰につけたキビダンゴ、ひとつ私にくださいな」そうおじいさんは独り言を漏らしました。「……なんてな。そんなことを犬畜生が言うわけあるまい」長年ソロ生活を送っていたおじいさんには、独り言をいう癖がありました。寂しさからくるものだったのでしょう。


「しかし、この犬を餌付けすれば、なにか鬼退治の役にたつかもしれんな」


 そう思っておじいさんはポケットを探ります。なにか犬を餌付けできそうなものはないだろうか?

 犬の好物と言えば、もちろんちゅ~るです。ええ、い〇ばペッ〇フード株式会社が販売しているちゅ~るが最強の犬用おやつだと、おじいさんは確信していました。

 しかし、ポケットの中にちゅ~るはありませんでした。

 おじいさんは舌打ちをすると、犬に「あばよ、おふくろさんを大切にするのだぞ」と別れを告げます。


 道を先に進むと、今度は猿がいました。


「この猿を餌付けすれば、なにか鬼退治の役にたつかもしれんな」


 そう思っておじいさんはポケットを探ります。なにか猿を餌付けできそうなものはないだろうか?

 猿の好物と言えば、もちろんバナナです。ええ、はい、嘘です。バナナが自生していない地域で、猿の好物がバナナであるはずがありません。また動物園の猿でさえ、バナナばかりを食べている訳ではありません。人間だって栄養価を考えて食事をしなければいけないのです。猿だって一緒です。おじいさんはそれを知っていました。

 であるとすれば、サツマイモだな。その考えに、おじいさんは至ります。

 おじいさんはポケットの中を探りますが、サツマイモはありませんでした。

 おじいさんは奇声をあげると、猿に「まったく人をイライラさせるのがうまい猿野郎だ」と別れを告げます。


 さらに道を進むと、今度はキジがいました。


「このキジを餌付けすれば、なにか鬼退治の役にたつかもしれんな」


 そう思っておじいさんはポケットを探ります。なにかキジを餌付けできそうなものはないだろうか?

 キジの好物と言えば、もちろん……何でしょうか? 好物どころか、キジが主になにを食べているかすらわかりません。こんな時はウィ〇ペディアで調べましょう。

 おじいさんはポケットからスマホを取り出すと、「Hey S〇ri. キジのウィ〇ペディアを表示して」と言いました。「なになに」おじいさんはウィ〇ペディアを確認します。


 ***ここからウィ〇ペディア引用***

 キジはアメリカ原産の鳥類[21][22]で、日本の本州全土に生息している[23]。

 主に野生生物の死肉を食べる[24][25]が、ときには人間が襲われて捕食される[26][27][28][29]鳥害事件も発生している[30][31][32]。

 ***ここまでウィ〇ペディア引用***


 それを読んで、おじいさんは激怒しました。「このキジふぜいが、人を害しよるか!」

 そうです。おじいさんはネットの情報に騙されてしまったのです。ネットの情報が常に真実を語るとは限りません。調べ物をするときには、いくつもの情報を集め、それら情報の中から信憑性の高いものを取捨選択することが必要です。おじいさんにはその能力が欠如していました。なぜ欠如していたかというと……いえ、この話は墓場まで持っていくことにします。

 おじいさんはキジを追い払うと、鬼ヶ島へと向かいます。


 おじいさんは港町に着きました。

 さて、鬼ヶ島に行くために船を調達しなければならんな。そう考えたおじいさんは周りを見渡します。……あれにしよう。おじいさんは豪華客船を乗っ取ることにしました。豪華客船を乗っ取れば、鬼ヶ島へ着くまでカジノ三昧です。ギャンブル好きのおじいさんは名案だと思いました。

 しかし、豪華客船に潜入すると、船員も客も誰もいないことに気付きます。

「鬼に襲われることを恐れて、この船を放棄して逃げ出したのだろうか」

 おじいさん一人ではこの豪華客船を操縦することはできません。おじいさんはしぶしぶ下船すると、鬼ヶ島へと泳ぎ始めます。ちなみに泳ぎ方はバタフライでした。クロールでも良かったのですが、おじいさんはバタフライの気分だったのです。


 鬼ヶ島に上陸すると、おじいさんは背負っていた武器を取り出します。鎌も鉈も鍬も旅の途中でさび付いてしまっていました。これでは鬼を一思いに退治することができそうにありません。楽に死なせてあげることはできそうもないですが……、まあ、しかたがないか。おじいさんは気を切り替えます。

 おじいさんは鎌の刃を舌でペロリと舐めると、鬼の集落へとゆっくりと歩き始めました。

 これから起こることを考えると、胸がドキドキする。顔が紅潮して耳まで真っ赤になる。手に汗が滲む。嬉しさのあまり目に涙が浮かび、顔が綻んでしまう。

 おじいさんは思わず歌を口ずさみ始めました。


 かごめ かごめ

 かごのなかのとりは いついつでやる

 よあけのばんに つるとかめがすべった

 うしろのしょうめんだーれ


 何度も何度も歌をリピートしながら、おじいさんは一軒一軒、鬼の住処を訪ねていきます。

 しかし、どの家にも鬼の姿はありませんでした。

 おじいさんは絶望して悲嘆に暮れました。

 鬼はどこに行ったのだ? なぜ鬼がいない?

 おじいさんは一日一夜、考えました。そして、悟ります。


「そうか。鬼は最初からずっと居たのだな。わしの心の中に」


 そうです。もしも、この世に本当に鬼がいるとすれば、それは人間の心の中にいるのです。怒りや嫉妬、侮蔑や差別という感情が鬼を生み出すのだとおじいさんは考えました。それが正しいかどうかはわかりません。それでも、おじいさんの心が欲望という鬼に飲まれてしまっていたことは確かなのでした。


「わしは何のために生きてきたのだろう? 何のための人生だったのだろう?」


 おじいさんは過去を思い返し、反省し、悔い、欲に塗れた人生を反省しました。

 残りの無欲に生きよう。おじいさんは決意しました。

 家へ帰ろう。そう考えたおじいさんは、鬼の住処から金になりそうなものを物色しました。せっかく此処まできたのですから、手ぶらでは帰れません。


 金銀財宝とはいきませんでしたが、現金や宝石、キャッシュカードやクレジットカードを家へと持ち帰ったおじいさん。幸せの絶頂でした。しかし、幸せな時間はそう長くは続きませんでした。

 ある日、おじいさんは気づいてしまいました。


「鬼退治に行っていたせいで、芝は伸び放題で、洗濯物が溜まってしまっておるわい」


 ……まあ、いい。そんなことは執事やメイド、庭師を雇ってやらせれば良いのだ。

 しかし、そこでおじいさんは、もうひとつ、大変なことに気付いてしまいます。


「芝かりに明け暮れていたあの日から、わしは誰一人として会っておらんぞ……」


 そうなのです。このお話が始まってから、おじいさんは人間や鬼と出会ったりしていません。出会ったのは犬、猿、キジといった畜生のみです。


「もしや、わし、異世界転移しちゃいました?」


 そうなのです。おじいさんは山へ芝かりに行ったあの日に、異世界転移していたのです。おじいさん以外に誰もいない、この異世界へ。

 ……まあ、いいか。おじいさんはそんなちっぽけなことを気にしたりはしません。


「わしには金がある。金さえあればいい。そうだ、金がすべてよ!」


 そうです。おじいさんの心は欲望の鬼に飲み込まれてしまったままなのでした。

 めでたし、めでたし。

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