説得



「伯父さん、こんにちは。

ちょっと配属のことで相談があるんだ。こちらは僕の友人のラミスカ・ゼスと、その家族のメルルーシェさん」


紹介の仕方から個人的な用件で訪れたことが窺える。


「少し待たせるがそれでも問題はないか?」


溜息混じりに尋ねた主に堅い笑顔で頷くリメイ。幼い頃は、顔を見ただけで泣かれていたらしい。


「入って待ちなさい」


3人を一瞥して部屋の奥へと向かうハーラージスがエジークだけを伴うと合図したので、カシムは3人を待合室へと案内する。面識がありエジークよりも向いているということもあり、待ち時間の接待を任されたのだろう。


部屋に通すと異国の大使向けの飾りが物珍しいのか、きょろきょろと部屋を眺める3人。


ハーラージスの甥にあたるリメイだが、カシムとはそこまでの面識はない。カシムが一方的に情報を収集しているだけだ。訓練学校時代からラミスカと友好関係を結んでいた事も、勿論主であるハーラージスには報告している。


「カシムさん、お久しぶりね」


メルルーシェとは急な開戦によって離れることを余儀なくされたが、本来であればラミスカの元まで届ける予定だったのだ。


「カシムさんもエジークさんも、無事で本当に良かった」


笑顔でそんなことを言われて惚れない男はいないだろう。どんな言葉でプロポーズを決めようかと頭を捻っていると、ふとメルルーシェの胸元を彩る青い鉱石の首飾りに目が留まる。


「素敵な首飾りですね」


メルルーシェがはにかんで「ラミスカがくれたの」と微笑む。


精巧な細工で手の込んだものだというのがすぐに分かる。

ラミスカテス鉱石は婚約者や妻に送る類の贈り物であり、質の良さで愛を伝えるとも言われている。だがそれ以上に他の男への牽制の意味を持つ。


元々記憶力の良いカシムは、訓練兵時代にラミスカが試作品だった鏡魔具を使って覗き見ていた相手がメルルーシェだと、最初に彼女に会ったときには気付いていたが、恋愛対象として見ていたとは愉快だ。と口が弧を描く。


「ほー。中々重いな」


にまつきながら呟いたカシムに、不思議そうに顔をかしげるメルルーシェ。


「小ぶりだからつけていると感じないほど軽いわ」


そういう意味ではないのだが、そんなメルルーシェを見つめるラミスカの瞳は今まで見た彼のどんな視線よりも優しい。


(ったく、胸焼けがしそうだ。)


これまた鈍感な、主の甥であるリメイが興味深そうに首飾りを見つめて呟く。


「僕も気になってたんだ。良質なラミスカテス鉱石と…中心はベレト鉱石だよね」


が、その興味はカシムの興味とはまた異なったそれだ。


「ラミスカテス鉱石は転送魔具の動力にも使われることがあるんだけど、ラミスカテス鉱石の核同士は近づけると光るんだよ。凄く綺麗なんだ。この美しい輝きは核に近いかもしれないね」


転送魔具技師であるリメイは、主ハーラージスの妹であるシェミーシアの一人息子だ。シェミーシアは父親の反対を押し切って、しがない薬師だったユールト家と婚姻を結んだ。主が破門となったシェミーシアをずっと気にかけて手を回していたことを、手先として動いていたカシムはよく知っている。


「へえー。それは初耳だ。口説くときに使おう」


見れば見るほど母親によく似た顔立ちのリメイに、主が甘くなるのも理解できる。


「社交場に出回ってる魔鉱石なのにそれが知られていないのは不思議だな」


「魔鉱石の核とかの質の高い部位は魔具の原動力に使われて殆ど市場には出回らないからね」


リメイは穏やかで心優しく育った。軍人には向いていないが、研究者肌で聡明だ。


ラミスカとリメイの会話を聞きながら、もしかすると主が妻を娶らなかったのは、将来リメイの立場を強めるためなのかもしれないな、とぼんやりと考えるカシムだった。



しばらくしてエジークが執務室に続く扉から現れて中へと誘う。


カシムが先導して3人を連れて入ると、書斎机から顔を上げたハーラージスがサークレットを外して背もたれに寄りかかる。


「して、若者たちは私に何の用だ?」


「伯父さん、僕の用件は前も話したとおり配属の事なんだ」


「薬類管理への配属の件か?

危険だから行かせないと何度も言ったはずだが」


「それだけど……でもどうしても……」


「お前はこのままいけばゾエフ家の跡取りだ。もっと自覚を持て」


厳しく言い放ったハーラージスに負けじと言葉を返す。


「伯父さん、ここにいるメルルーシェさんの癒しの知識と技術はこの国の最高峰だよ。僕は彼女の弟子について、薬草について学びたいんだ。毎日魔具と睨めっこするだけじゃなくてね」


突然話の矛先が自分に向いたことで一瞬動揺を露わにするメルルーシェだが、この状態でわざわざ否定はできないだろう。


「それで?街で薬屋でも開くつもりか?」


面倒くさそうな表情を隠さないハーラージスが溜息混じりに呟いた。


「今のこの国の癒しの技術は、癒し魔法と薬草の知識が分断されているんだ。ふたつが合わさればもっと質の高い癒しが可能になるのに、それを繋ぐ者もいなければ合わせて研究している者も居ない。僕は癒しの質を高める研究をしたいんだ」


リメイの真剣な表情に、ハーラージスは少しの間俯いた。


ゾエフ家の進路相談の面談を見せらているふたりはどんな気持ちなのだろう、と顔色を窺うが、メルルーシェは手を握りしめて真剣な顔でリメイを応援しているようだし、ラミスカもさりげなくリメイの勇気を奮い立たせようと視界に入る位置取りにいる。お前らはお人好しか。


「そうか。考えておこう」


この返しは手応えありだぞ。カシムが心の中でリメイに拍手を送る。


リメイがほっとしたのも束の間。ハーラージスの視線はメルルーシェとラミスカに向けられる。


「して、友人達は何用で連れてきた?」


リメイの前ということもあり、以前に3人の間で行われたやり取りを勘付かせないようにハーラージスが問いかける。


「ふたりが退役手続きを終えた後もしばらく転送魔具を使えるようにして欲しいんだ」


「それだけか?」


ハーラージスの反応が予想外だったのか、虚をつかれたリメイが慌てて付け足す。


「僕はしばらくメルルーシェさんの元で薬草の事を学びたい。

退役するかは別として、勉強に打ち込む時間が欲しいんだ」


言い切ったリメイの顔を眺めたハーラージスが、視線を机に移して手を動かし始めた。その沈黙に耐えられないようにそわそわと動くリメイ。


「カシム。これを」


ハーラージスがカシムに丸めた紙を渡した。

不思議そうに見つめるリメイに、ハーラージスが意地悪い笑みを浮かべる。


「いいだろう、リメイ。

お前の条件を呑んで許可書を発行した。だが何事にも責任は付き纏う。しばらく隊に戻らないと言うのなら相応の建前が必要だ。

結果を出せ」


緊張した面持ちで頷いたリメイが、ほっとしたように胸を撫で下ろした。


「それと……」


ハーラージスがメルルーシェとラミスカを一瞥した。


「此度は先の戦で戦果を上げたそうだな。2人ともよくやった」


ハーラージスの労いにメルルーシェが意外そうに目を丸めたのをカシムは見逃さなかった。


「退役手続きを取るとのことだが、間もなく休戦が崩れるだろう。

ほんの数日の間にな」


部屋に緊張が走った。


しれっと大それた予測を口に出来るのは、この場に信頼できる者しかいないと判断しているからだろう。


「それで、今すぐに退役手続きを取ったとしても受理されない可能性が高い。最悪の場合、書類上は軍人ではなくなっているのに未受理だということで現場に駆り出されることもあるだろう」


「それで、第6師団長の提案をお聞かせ下さい」


メルルーシェの怒気を含んだ声に、以前もこうやって彼女を怒らせたのだろうと容易に想像がついた。主は事実だけを述べているのだが、内情を知らない者には師団長という地位を使って脅しているようにしか聞こえないのだ。


「北で第2師団の師団長ダリを、ミュレアンを補佐しろ。

次の戦でロズネルとの決着は着く。そのあとは好きにすればいい」


ハーラージスの言葉にラミスカがわずかに反応した。ラミスカはミュレアンが第2師団長となったことも初めて耳にしたのだろう。


「……1日、いや、2日間でいいのでモナティ神殿に向かう時間が私たちには必要です」


メルルーシェが毅然とした態度でそう告げた。

要求する日数が伸びていることに笑いそうになりながら、主の顔を盗み見る。


「いいだろう。開戦したとしても2日の猶予は与えると約束しよう」


その条件で呑んだということは、開戦には少なくとも2日の猶予があると主は踏んでいるのだ。何故南のモナティに向かう必要があるのか主は尋ねなかった。モナティにはメルルーシェの育った神殿があるという。里帰りでもするつもりだろうか。


実際命の危険も大きいが、戦に参加すれば報奨金が支払われる。

そして戦果を上げれば、名誉ベルへザード兵として国内では随分と良い待遇を受け過ごしやすくなる。ラミスカもメルルーシェも先の戦いで既に戦果を上げている。もし次の戦でも目を見張る働きをすれば、名誉ベルへザード兵に選ばれる可能性も高い。主はそう考えているのかもしれない。


「分かりました」


ラミスカと顔を見合わせて頷いたメルルーシェ。


「リメイ、お前はメルルーシェと同じ私の師団である第6師団16隊の薬類管理に配属だ。

言ったからには覚悟を見せるんだな。ミュレアンには話を通しておく」


主がリメイの配属に手を回してきたのはその身を案じてだったが、どういう風の吹き回しで危険な場所へ送るのだろう。まぁ俺を筆頭とした“部下”を回して守りを固めるつもりなのかもしれない。


強張った顔のリメイが元気よく返事を返した。


「話は終わったか?

執務が溜まっているんだ。用が済んだら行きなさい」


ぶっきらぼうに告げて机に視線を戻した主の意を汲んで、3人を待合室へ行くように促す。



エジークと自分、3人しか居なくなった部屋で、受け取った紙に目を通して顔をあげる。本当にリメイの要求通りに許可を発行していた。


「本当に坊っちゃんを北に送るおつもりなんです?」


「あぁ。守ってばかりでは奪うことにも等しい。あれも覚悟をもってのことだろう。見守るのみだ」


手を動かしたままぼそぼそと答える主。本人にも葛藤があるのだろう。


カシムは気難しい顔の主に、前々から不思議に思っていたことを問いかける。



「しかし何故あのふたりにそこまで目をかけるんですか?」


ぴた、と手を止めたハーラージスが顔を上げた。


「お前までそれを聞くか。まぁ、色々ある。

父の遺言やリメイの受けた恩。あとは……古い友人に脅されてな」


カシムですら、そう自嘲気味に笑った主の言葉が冗談なのか分からなかった。


「カシム、さっさとあれらの転送を見送ってこい」


「仰せのままに」


机に視線を戻した主の前で恭順の意を示し、待合室への扉を潜った。



「お待たせ。さぁ転送所に向かおう。この紙があればすぐにハッセルまで飛べるぞ」


何かを相談し合っていた3人に、紙をひらひらと振って見せながら近付く。


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