僕の秘密のソロプレイ
和辻義一
僕の秘密のソロプレイ
妻が子供達と一緒に、カラオケに行くと言い出した。妻も子供達も、カラオケが好きだ。一度出かけてしまえば、三時間ぐらいは家に帰ってこない。
カラオケに全く行かないわけではないが、家族と一緒に行くことがない僕は、いつものように家で留守番だ。僕のソロプレイの時間は、ここから始まる。
妻と子供達が出かけたのを確認すると、僕は部屋のカーテンを閉め、部屋の奥にあるDVDの中から一つの作品を引っ張り出し、ノートパソコンの前に座る。ノートパソコンの横には、ティッシュペーパーの箱とゴミ箱を置いた。家で飼っている猫も、仲の良い長男の部屋へと押し込んだ。気のせいだろうか、猫は呆れたような目でこちらを見て一声鳴いてから、仕方が無いといったふうにすごすごと長男の部屋へと入っていった。
こればっかりは、他人はおろか、家族にも猫にも見せる訳にはいかない。誰からの視線もないことを確認してから、僕はノートパソコンのDVDプレイヤーにディスクを入れ、マウスをクリックする。ここからは、家族を持ってからは数少ない僕だけの秘密の時間だ。
その日によって、視聴するDVDの種類は様々だ。邦画もあれば洋画もあり、アニメの場合もゼロではない。だが、僕の趣味はある意味において限られているので、作品のジャンルそのものはそれほど多くない。また、DVDでなくても今の時代、インターネット上では様々な作品を視聴することが出来る。便利な世の中になったものだ。
それから都合二時間強ほどの間、僕はDVDを見て楽しんだ。その間に使ったティッシュペーパーの枚数は、二十枚ぐらいだったかも知れない。脇に置いていたゴミ箱の中には、使用済のティッシュペーパーの小さな山が出来てしまった。
これをどうしたものかと思案した僕は、ゴミをまとめたビニール袋の中にゴミ箱の中のゴミをすべてぶちまけた。妻は比較的おおざpp……もとい、おおらかな性格をしているので、燃やすゴミの袋の中身の量の変化には、おそらく気付かないことだろう。
いつものパターンであれば、もうそろそろ妻と子供達が家に帰ってくる頃だ。僕は散らかった部屋を片付け、部屋のカーテンを開け、ついでに部屋の換気の為に窓を網戸にし、長男の部屋に閉じ込めていた猫を解放する。猫はまるで「もう終わったのか」と言いたげな目でこちらを見て、のそのそと階段を下りていった。
そうこうしているうちに、妻と子供達が家に帰ってきた。おそらくはついでに買い物も済ませてきたのだろう。スーパーマーケットのレジ袋を両手に持った妻が、子供達とわいわい言いながら廊下を歩いてくる音が聞こえた。
「おかえり、カラオケは楽しかった?」
僕がそう言うと、列の先頭を歩いていた長女が「うん」と元気よく頷いて笑った。
「おつかれさまでーす」
長女の後ろに続いていた妻は、あっさりとした台詞を残して冷蔵庫の方へと向かって言った。さらにその後ろを歩いていた長男が、僕に言った。
「パパ、どうしたの? 何か目が真っ赤だよ?」
こういう時、妻に似ていつもおっとりしている長男は、妙に鋭いところがある。
「えっ……それはたぶん、花粉症のせいだよ」
僕は曖昧に誤魔化した。痕跡を残さないよう、後片付けは万全にしていたつもりだったが、目の充血のことまでは頭の中になかった。目薬を差しておけば良かったと、僕は少しだけ後悔した。
……そう、この歳になってくると、何事においてもついつい涙もろくなってしまい、下手に感動系の映画やアニメなどを見てしまうと、僕は泣いてしまうのだ。
今日僕が見ていたDVDは、愛する妻に先立たれ、年老いた往年の名ボクサーが、どうしても自分の胸の奥に残っていた闘志を捨てきれず、たまたまチャンスが訪れた現役のチャンピオンとのエキシビジョンマッチに臨むといった内容の作品だった。
僕はこの作品がとても好きで、これまでに何度も同じDVDを見ているのだが、往年の名俳優演じる老ボクサーが口にする台詞の数々を聞くたびに、自分の歳のことを重ねて見てしまい、思わず熱くなった目頭をティッシュペーパーで押さえずにはいられない。
ちなみに、前回に僕が見た(そして泣いた)映画は、赤い飛行機に乗った豚が主人公の日本の有名なアニメ映画だった。主人公やその他の登場人物とのやり取りがいちいち恰好良くて、ストーリーのところどころで僕の涙腺を崩壊させたのには困ったものだった。
こんな姿、恥ずかしくてとても妻や子供達には見せられない。だから僕にとっては、たまに訪れる
僕の秘密のソロプレイ 和辻義一 @super_zero
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます