第29話 影を操る花びら

「兄ちゃん、カマキラーが来たぜ!」


 チンチクりんの移動中、僕たちの前に突然現れたカマキリのモンスター。

 大人の背丈くらいの大きさで逆三角の顔を左右に振りながら、鋭い鍵状の前足で警戒モードに入っている。


 昆虫のボクサーは怪物になっても主張は変化しない。

『いつでもかかってこい、挑戦者!』と王者の心は気高い魂を持っていた。


「どうしてこんな場所にこのような珍しいモンスターが出現するのですか?」

「ミヨちゃん、それだけじゃないぜ。あの敵はオラたちのレベルじゃ倒せない強敵だぜ。確か対応レベルは30以上だったはず……」

「えっ、私たちは冒険したてで、その半分のレベルしかないですよ!?」

「だな。レベル18程度じゃ手厳しいぜ。それならば……」


 二人の視線が後方にいた僕へと向けられる。


「えっ、何だよ。二人して?」

「ここは勇者の出番だぜ」


 おしくら饅頭まんじゅうの形式で、ケイタが強引に僕をカマキラーの手前にグイッと押し出す。


「さあ、兄ちゃん。一発強烈なのをガツンと頼むぜ」

「無茶言うなよ、僕は最弱だぞ?」

「その背中に背負っている剣でスパンとな」

「……僕は異国の剣豪じゃないぞ。それにこれは剣じゃなくただの棒切れだ。軽々しく言ってくれるよな……」


 僕は振り返り、両手をケイタの手前に向けて、ダメダメモードに移行する。


「……ジン」

「おおっ。あのガキんちょとは違い、お姉さんのミヨは分かってくれたか?」

「ええ、できるだけカマキラーに大きなダメージをあたえて下さい」

「何でやねん(>o<)\(-_-)」

「きゃっ、セクハラ反対ですよ!?」


 だからツッコミだから。

 お前らは弱った時にボコって倒す、おこぼれワンちゃんかよ。


「仕方ない、うおおおおー!」


 僕は考えを改め、ただの棒切れじゃなかった……ひのきのぼうもどきを握って特攻し、殺虫剤の名称のようなカマキラーの体を狙う。


『キシャアアアー!!』


 だが、当然の報いのようにひのきのぼうらしき物が相手のカマにより呆気なく両断され、僕の視界が空を舞う。


 やっぱり僕の力量では無理だったか。

 持っていたのは剣じゃないし、レベルも1だもんな。


「ジン、しっかりして下さい!?」

「兄ちゃん、死ぬんじゃねえぜ。ミヨちゃん、急いで回復魔法を!!」

「言われなくてもやっています。ジン、目を開けて下さい!!」


 離れていく僕の体、地面に転がった先に広がる草むらの青臭い感触。

 二人が喚くなか、ミヨの悲痛な声だけが頭にこびりついていた……。


****


「ここは……」

「大丈夫? もう動けるかな?」


 灰色の空間に寝ていた僕の体に回復呪文キュンをかけていた人物……。

 その見知った女子から声をかけられる。


「やっぱりここにいたか」

「ようこそジンって感じだね。しかししょっぱなからしてやられたねー♪」


 なぜか上機嫌の女の子がハンカチで、ちゃぶ台を濡らしている茶色い液体を拭いている。


「私が休憩中に空から生首と首なし胴体が降ってくるんだもん。思わず飲んでいたお茶を吹いちゃったよ」


 それから僕の体についた土ぼこりをはたきながら悩ましげな表情になる。


「別に初めてじゃないだろ」

「どういう意味かな?」

「もう目星はついているんだよ、


 僕の服をはたいていた手がピタリと止まり、長い髮を前に垂らすサクラ。


「ふふふ……あはははは!」


 妖怪染みた格好から裏をつかれたかのような豪快でお下劣な笑い声。


 これが彼女の隠していた正体か?

 僕の知らなかった彼女の素性だ。


「じゃあ、君はわざとあのカマキラーに殺られたというわけ? どこからそんな妄想が生まれたのやら」

「事の始まりはお前が神だとほざいていた部分からだ。僕たちが闘うモンスターのことを知りすぎなんだよ」


 意外性な発言に黙りこくるサクラ。


「へえ、それで?」

「それから何度も僕を蘇生するちから。本来、神様でも人の生死は操れないはずだ」


 それ以降は何も突っ込まず、確信をつかれたのか、無言で僕のくちびるの動きだけを読み取ろうとしている。

 どうやら図星のようだ。


「……でもこのゲームの制作者なら話は別だ。自分の意図のままにできるから」


「……サクラ、実はジイ・エンドは表向きの支配者で、本来は君がこの世界を作った親玉ですべての元凶に間違いないか?」 


 内心、嘘だと言ってくれと思った。

 いくら敵としての垣根を越えた存在とはいえ、これまで僕と行動を共にしてきた仲間の一人だったから。


「あははは。ジンは名推理だね。今、別に制作している新作ゲームのシナリオを書いてもらいたいくらいだよ」

「それは断る。やっぱりサクラはこの世界の制作者だったか」

「そうだよ。しかし、せっかくいい儲け話を持ってきたのにそれを振るとはね」

「問答無用!」


 ずっと味方だったサクラは敵だった。

 ならばここでやることは一つ。


「そらっ、あちの呪文!」


 僕は、服の裾から本日二本目のひのきのような棒を出し、先端に炎の呪文で火をつけ、たいまつのようにして、この灰色の空間を焼き払おうとする。


「わっ、火おこしぼうで何をする気なの!?」

「ここのどこかにこのゲームを起動している装置があるはずだ。これでこの空間を消し炭にしてすべてぶち壊す」

「そんなことしたら君も無事では済まないよ!?」


 慌てて行動を制止させようとする子供のようなサクラに大人の威厳を見せる。


 それにしてもこの棒は『火おこしぼう』が正式名称なんだな。

 道理でレベル1のひよこなキャラ設定なのに棒から炎が出るわけだ。


「いや、心配ない。肉体は別の現実世界で眠っているはず。サクラがエンド蔭谷(芸名ではない)と一緒にこのゲームの管理人をしていたらな」

「だからってこんなことをしたら君だって……」


「──僕にはこれがある」


 僕は一人呟きながら胸の古びたブローチに願いを籠め、手のひらに大振りの剣を出現させる。


「あっ、それは紛れもなく勇者の剣だよね。私が隠していたのに、どこから見つけてきたのよ?」

「なーに、この剣もゲームの鍵を握るアイテムかと思ってさ、何とかこの勇者のブローチを使って探し当てていたのさ」

「驚いた。そのブローチにそんなちからが秘められていたなんて」


 いや、恐らくこのリアルで親父がくれた勇者のブローチの能力は後付けだ。

 あの現実世界での親父が、いち早くこのことを察して、剣のありかが分かるGPSのような機能を付けたのだろう。


 この狂った世界を救えるのは勇者しかいないと。

 今さらながら元勇者たる親父の洞察力は凄いな。


「なるほどね。勇者の剣で次元を切り裂いて現実世界に戻る作戦か。ジンも中々やるねえ」


 サクラが僕の方向に両手を伸ばす。

 何か攻撃を仕掛けてくる合図だ。

 両手の動作からして、上級レベルの呪文か?


「だったら、ちからずくでも阻止しないとね」


 ユラリと重心を動かし、流れるように詠唱を始めようとする。


「今だ、ミヨ、ケイタ!」


「おう。オムレツ愛情、あちちのちー!」


 やるなら今しかない。

 僕の叫び声に乗り、どこからか出現したケイタ。


 彼が放った炎の呪文がサクラの背後に当たり、すかさずミヨが光の紐で彼女の両手を拘束する。


「ふふ、蚊の刺すような攻撃だね。この程度の呪文で私が殺られるとでも思った?」


 いや、それはおとりだ。

 正直、ダメージなどどうでもいい。

 彼女が無抵抗なのが気にはなったが、一瞬の隙を付け入れたらそれでいい。

 今は倒すべき相手ではない。


「ジン、今です!」

「兄ちゃん、ぶちかませ!」


「ああ。二人ともありがとうな。

じゃあ、リアルでまた会おう。

でりゃあああー!」


 僕は火種をサクラの元へ投げ、空間を横に裂いて、その開かれた世界へと身を投げた。


「うわっ、外道だわ。本当にここを燃やす気!?」


 身動きとれないサクラが何やら文句を言っているらしいが僕には関係ない。


「ジン、まだ旅は始まったばかりですよ。お気をつけて」


 この時の僕は何も理解していなかった。

 ミヨの『……お気をつけて』の言葉が後になって、身に染みて分かることに……。


****


 ──消毒液の匂いが立ち込める。

 暗い部屋で唯一の存在を示す『ピッピッ…』と規則的に鳴る無機質な電子音。


 僕の体には様々なコードが付いていて、口には大きなマスク、いや、人工呼吸器らしき物が装着されている。


 ここは病院のようだ。

 僕はベッドに寝ていて治療をうけていたのだろう。

 これらの道具類からして延命治療をうけていたのかも知れない。


 僕を蝕んでいるのは何の病気だろう?

 ご丁寧にも頭にも配線みたいな物が付けて脳波を測る機械もあるからに脳に何かしらの異常があるのだろうか。


 段々と暗闇に目が冴えてくる。

 周りには誰もいない一人部屋。

 室内の照明が消えて、こんなにも暗いということは今は夜中なのか?


(まあいいか、歩きながらでも置かれた状況は掴めるし……) 


 僕は部屋が無人なことを再確認して、マスクと身体中のコードをゆっくりと取り外し、冷たい床に下り立った。




 

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