ソロキャンプ

中川さとえ

ソロキャンプ

ほんとはどうしようかなと悩んだんだ。

一人でいくつもりじゃなかったから。


「すみません、もう当日なんでキャンセル料金は100%になってしまいます。」


申し訳なさそうなスタッフさんの声。

そうか。そうだよな。


「…お一人様でも大丈夫ですよ、いかがですか、」


それは親切なのかなマニュアルなのかな。

でも今回僕はキャンプ用の車とか道具のちょっといいやつをレンタルしてしまってて、それらも先にもう届いてる。

そうだな…。

…休みにもしてもらったんだし、一人でいこうかな。


「はい、お待ちしています。」


気のせいかキャンプ場のスタッフさんはとても嬉しそうに言ってくれた。


ひとりキャンプは知ってる。実は僕はこっそりはまってた。

でも僕だってアウトドアが得意ってわけじゃない。

かろうじて虫は怖くない、魚や蜥蜴も触ろうと思えば触れる、程度。


僕は焚き火の火にものすごくはまってしまったんだ。

初めて動画でみたとき眼が吸い付いて動かなかった。

やがて焚き火の炎から眼が離せなくなった。

そして、とうとう画面越しでは満足できなくなったんだ。

そこで決心して焚き火するためにソロキャンプを始めてしまってた。

でも黙ってた。誰にも話してはいない。

隠してた、より話す人がいなかった、が正しいかな。

だから…、


「へぇー、いいなぁ。あたしも行きたい。」


それ、ものすごく嬉しかったんだ。


「こんど予約しとく。…いいとこ探すね。」


僕はほんとに嬉しかった。

こんどが来ることはないんだろなて感じながら、でも嬉しかった。


それから3ヶ月くらいかな。


「ね、キャンプ。連れてってくれるんでしょ?」


いきなりの君に舞い上がった。こんどってほんとに来るんだ、て。


僕は一人でハンドルを握った。僕の車は軽で乗り心地もいまいちだから、ちょっといい車(キャンプにぴったりの)を借りたんだ。レンタルしちゃったから使おうと思う。

正直にいうと車もそうだけど、道具とかも"ちょっといいの"にしたくて、色々探して、キャンプサイトレンタルで一式、てお金かけた。

もちろん、使ってみていい感じだったらちゃんと買おうと思った。(あ、車はムリだけど。)

ちょっといいテントにオシャレなシェルフ、ものすごくおっきいクーラーボックスまでついてる。

結局僕ひとりだから、超贅沢になっちゃった。

あのおっきぃクーラーボックス一杯にさ、ビールや肉やら魚やら詰めてBBQとか…したかったな。


あれ、こっちで良かったかな?知らない土地のナビはなんか不安。

初めてのとこ予約したんだ。理由はひとつ。

ここは新しく切り開かれて作られたキャンプ場だったから。

新しい方がまだあちこち人の手を入れたが目立つだろうから、自然に呑み込まれてなくていいかなと思ったんだ。

彼女はほんとはアウトドアなんて大嫌いなんじゃないか、て判ってるから。

自然が薄めの方がいい、そう思ったんだ。新しいところはトイレとか施設も綺麗だし。

あ、ここだ。看板がみえる。


「いらっしゃいませ、No.27のエリアですね、地図をどうぞ。」


地図をもらう。割りと広いですね。


「ありがとうございます。すぐ近くまで車で乗り入れて頂けます。薪もどうぞ、お好きなだけお乗せください。」


そうだ。車を近くにおける、もここのポイントだった。

だって君は基本アウトドアが嫌だろうから、テントに虫とか無理だろうし、逆に絶対虫をテントにいれない!も難しいし。

だからどうしても、のときの保険に、車が近くで待機できるのはすごくいい て思ったんだった。


No.27についた。

うん、いい感じ。

車を停める。

…テントどうしようかな。

ひとりなんだからもう車で寝るかな。…でも張ろうか。簡単なテントだし。そうだな。


テントの横。

無造作におかれた丸太。

座れるようにしてある。

そうだ、薪を燃やしたい。

僕は丸太を少しずらした。

丸太は好きなとこに動かせるみたい。いい感じ。

車からシャペルを出して穴を掘った。

そして薪を組んだ。


木が燃える音、割れる音。

日は暮れて落ちて、あたりがゆっくり玄に沈みだしたから、炎がとてもきれいだ。

「こんばんは、楽しんで頂いてますか?」

車の方から呼び声みたいに話かけてきたのはスタッフさんだ。

「あ、いい感じです。」

僕もちょっと叫ぶ(そんなおっきな声じゃないけど)ように返す。

「なんでもいってくださいね、」

そういって手を振って去っていった。森の玄のなかへ。

目の前の炎はきちんと揺らいで、ちいさい火の粉と細かい黒の粉をちゃんと上へと舞い上げる。

本物の炎だもの。

3ヶ月ほど前のあれは、動画だったからほんものじゃなかったね。


「わー焚き火だー」

僕のスマホみてげらげら笑ってた。酔っぱらってるからだ。

「焚き火すきなんだー、へー。」

僕はドキドキしてて、でもとても嬉しかった。

薪を燃やすときれいなんだよ。キャンプ場とかでね。

キャンプいくの?

あ、うん、ソロキャンプだけど。

「へぇ~、いいなぁ。あたしも行きたい。」

ほんとに?

うん、行く行く、行きたい。…ね、ビールないの?

僕は冷蔵庫からビールを出して、ぷしゅってしてから渡す。

キャンプ、キャンプ、

…酔っぱらってる。

めちゃめちゃ可愛かった。

「こんど予約しとく。…いいとこ探すね。」


ね!kissしよっ。kissしてっ、

え。えええ……いいの…?

いいの、いいの、ほらっ。脱いで脱いで。

あ、わ、はは、わかった、わかった…自分で脱ぐ 自分で脱ぐから。


すごく嬉しかったな。

君はすごく可愛くてすごく綺麗だった。

一夜の夢てこれだよなて思って。

でも幸せだった、僕。

あの夜は本当に、幸せだった。


薪がまたはぜた。

新しいのくべよう。


「ね、キャンプ。連れてってくれるんでしょ?」

"もちろん!…いつがいいかな。"

「そうだなあ。さ来週末とかどうかな。」

…その土曜日、出社してくれないか、て言われてたんだった。でもいいや。休もう。

"わかった。予約しとく"

それから僕は必死で検索した。すごく必死だったな。

いいところ見つけたくて。


炎が強く吹き上がった。


チャイムが鳴ったのは昨日の夜。

「えへへ、来ちゃった。」

どうしたの、や、嬉しいけど。

あ、キャンプ場の動画、見る?明日いくとこ。

君はもじもじしてた。

どうしたの?

「あのね。…赤ちゃん出来ちゃった。」

え。

「…結婚してくれる?」

あ。…ああ、そうか。


炎がパチパチ跳ねる。


ふと気がついた。きっとそろそろスタッフさんが見廻りに来るだろう。

その前に君をちゃんと寝かせてあげないと。


「うん。結婚しよう。」

「ほんと?…嬉しい!」

しがみついてきた君は本当に可愛かった。僕はぎゅって抱き締めた。

君が僕と同期のあいつと付き合ってるのは知ってたんだ。

あいつはたぶん、あと何人かいるんじゃないかな。そういう奴だから。

けど僕は君が好きだった。

可愛い君の子供だからきっと可愛いこだろう。

もし僕があの夜に、ちゃんとゲスを貫いてたら、君と君の子供を大事に大事にして、いつまでもみんなで幸せに暮らせたかもしれなかったのに。

僕はほんとになんてバカなんだろう。

僕は可愛い君を抱き締めてkissして、kissして。

kissしたまんま君の細くて綺麗な首を全力で握りしめたんだ、よね。

何故そうしたのか。

…わからない。


炎が揺らぐ。ああ動画とおんなじだ。


クーラーボックスで眠ってた裸の君をお姫さま抱っこで抱き上げた。

掘った土の上にそっと寝かせる。綺麗な土で良かった。シャペルで土を被せる。顔のところは手でかけた。できるだけ優しく。首のとこ醜い跡がついてしまってた。…ごめんね。ごめんね。

土を平らにならした。両手で撫でて撫でて撫でて均した。そして丸太をおき直した。


薪が燃える。炎が踊る。


あの夜ね、僕はしなかったんだ。

君が眠ってしまったから。

眠ってる君に、とか、無理に起こして、とか。どっちもゲスな気がして我慢したんだ。我慢したんだよ、僕。君とkissして、裸で肌を重ねて、…それだけだ。ほんっと、バカだよね。我慢したんだよ。朝まで。とうとう眠れなかった。一睡もできなかった。でも、

あの夜すごく幸せだ、と思ったんだ。

あああ…。

バカだ、ほんとに。ゲスのくせに、ゲスじゃないつもりで。ゲスはゲスのままでそのまま貫いてたら…

こんなことにはならなかったかもしれない。


「…こんばんは。」

炎が揺らいだ。弱まってる。

スタッフさんが優しい目をしてみていた。

僕は少し泣いてたらしい。

すみません、もう寝ます。

いえいえ。

ああ、月が綺麗ですよ。


僕は焚き火を消した。

まだ少し夜があるから、テントで横になろう。

そう思った。






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