第9話

 鬱蒼と生い茂る木々の隙間から、『それら』を見つけ出すのは至難の業だった。

 微かな木漏れ日だけを頼りに視界を確保しても、相手は普通の樹木と変わりない姿をしている。

 加えて、無理やり作り替えられた足場は酷く不安定で、油断すればすぐに足を取られてしまう。

 この森自体が大きな罠の役割があるとするならば、俺達は自分から飛び込んできた獲物に違いなかった。 

 

「くそっ! 流石にこの数は異常じゃないか!?」


 木陰から飛来する鋭い一撃をかわし、とっさに剣で反撃を試みる。

 だが瞬く間にそれらは距離を取り、お互いを守り合うように陣形を立て直していた。

 それは普通の魔物とは違い、まるで戦術を理解しているかのような動きだ。

 本来であれば樹木の魔物、トレントにそこまでの知性は備わっていない。

  

 だが俺達が相手にしているトレント達は、軍隊の如き連携を見せている。

 不利な地形に加えて多勢に無勢。陣形まで組んでいる。

 数と地理的な不利に攻めあぐねていると、唐突に視界が回転した。


「なっ!?」

 

 凄まじい力で足が引かれ、大きく態勢を崩す。

 見れば足首にはツタが絡まり、あらぬ方向へと引っ張られていた。

 とっさに剣でツタを斬り、足の自由を確保する。

 だがその一瞬の隙を、トレント達は見逃さなかった。

 瞬時に展開したトレント達は俺を取り囲んでいた。


 背中を駆け上がる悪寒。

 剣を盾にしようとも、相手の数が多すぎる。

 歯を食いしばり来る激痛に備える。

 しかし、迫る来る脅威は囁くような言葉によって、打ち砕かれた。


「フレア・ピアーズ」


 凛と響く声音と共に、深紅の一閃が視界を走る。

 その光は目の前に迫ったトレント達をいとも簡単に貫いた。

 着撃点からは炎を吹き出し、トレント達は一瞬にして崩れ落ちる。


 凄まじい威力の魔法を見て警戒したのだろう。

 トレント達もすぐさま木々の隙間へと姿を消した

 脅威が目の前から去り、思わず大きなため息と共に緊張を解く。

 そして後方からゆっくりと歩いてくるラフィに礼を告げた。


「た、助かった。これならノキア最高位の冒険者っていうのも頷ける」


「まさか信用してなかったのかい? 君も酷いねぇ」


「その姿じゃ無理もないだろ。実際、その装備が無いとロカと大差ない年齢に見えるんだからな」


「それは女として誉め言葉だと受け取っておくよ。でもこれで私の実力はわかったでしょ」


 魔力媒体らしき長い筒状の道具を肩に乗せて、ラフィは胸を張る。

 ボロボロの俺と違い汚れ一つなく、薄暗い中であっても異質なほどの存在感を放っている。

 これが最上級冒険者。

 俺を殺そうと襲ってきた魔物の群れが、たった一撃で逃げ出してしまうほどの実力者。

 

 自分のスキルとの格差を見せつけられたようで、小さな自己嫌悪に陥る。

 事実、ラフィの放った魔法は俺の魔剣技とは比べ物にならない程の威力だった。

 

「凄まじい威力の魔法だな。それに見たことも無い術式と道具だ」


「まぁ、私の魔法は少し特別だからねぇ。この筒状の魔法媒体……魔導銃って言うんだけどね、これも私の故郷で作られたものだから、君が見たことが無いのも無理はないかなぁ」


「独自の魔法……? まさか、その魔法はジョブで会得したスキルって訳じゃないのか?」


「故郷はすごく厳しい場所でねぇ。徹底的に叩き込まれたんだよ」


 自虐気味に笑うラフィだが、俺には返す言葉すら見つからなかった。

 魔剣士というジョブを持ってしても、俺はラフィが本来持つ魔法にすら大きく劣っているのだ。

 同じ冒険者であっても、ここまで実力が違うのか。

 衝撃の事実に、自分がひどく劣った存在だと思い知らされる。


 先程もそうだが、すでに何度もラフィには命を助けられている。

 そして彼女がそれに気付いているかすらわからない。

 沸々と湧き上がる醜い劣等感を押し殺し、自然と口数が少なくなる。

 思わずラフィから背けるようにトレント達が消えていった森へと視線を向けた。

 

「私の事よりさ、怪我の方は大丈夫なの? なんどか攻撃を受けてたみたいだけど」


「辛うじて直撃は避けてる」


 腰の革袋から薬品を取り出し、傷口へ擦り込む。

 必要な処置だが、焼ける様な痛みに慣れることはない。

 包帯を巻き終わると、待っていたラフィが冗談交じりに声を上げた。


「無理はしないでね。目の前で死なれたらさすがに目覚めが悪いから」


「善処はするさ。だが、予想以上に厄介なトレントだったな」


「私達を殺すために連携してるみたいだったね。まるで何かに統制されているみたい」


「だがラフィが居れば、並大抵の魔物なら対処できるだろ。あの魔法があれば」


「そだね。でも手強い魔物が相手になると――」


 その後の言葉を聞くことは無かった。

 森に響き渡る轟音によって。


 ◆


 地鳴りに似た音は収まるどころか、徐々に強まっていく。

 薬品を素早く仕舞い、すぐさま剣を引き抜いて周囲への警戒を強める。

 だが手の内にある剣の重さが、ここまで心許なく思えたのは、初めてだった。


「な、なんだ、この音は。トレント……じゃないよな。それに森全体が震えてる」


 助言を求める言葉には、返事は帰ってこなかった。

 見ればラフィはじっと森の奥を睨みつけていた。

 つられて同じ方向へ視線を向けると、見慣れない物体が森の中に建てられている。

 歪な形に成長した樹木だろうか。


 だがそれがただの樹木でないことは、すぐに分かった。

 次第に絡みつき合い、瞬く間にそれは膨れ上がり、とある形を作り出した。

 勘違いではない。それは明確に、人間の形をしていた。


「不味いね。強力な魔物が待ってるとは思ったけど、まさかここまでなんて……。」

  

「お、おい。あれってまさか……絶滅したんじゃなかったのか!?」


「知ってるんだね。じゃあ話が早いや」


 あの古びた手帳に、小さく乗っていた。

 トレントと呼ばれる魔物の他に、森の中で気を付けるべき魔物。

 それは遥か古に滅びたとされているが、余りに危険なため万一を想定して情報が記載されていたのだ。

 

 樹木が魔物となるトレントとは姿かたちが似てはいるが、その性質は全く別である。

 それは森や大地そのものが形どった存在。

 人間よりもはるか高位に位置する『精霊』と呼ばれる種族に類する魔物。

 その名も、――


「森の守護者にして万緑の支配者、エンシェント・トレント。あれを仕留めるには、そうとう骨が折れそうだね」

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