日々の思う事

一縷(いちる) 望

第1話 挨拶と車と等価交換

 挨拶。


 今日も、車で公園に行く。

 ベンチに座りこむが、だれもいない。


 時々やってくる親子は大体は、母親と小さな子供だ。

 迷彩の帽子と迷彩のマスクをしている私を、一瞬じろっと睨みつけて母親は去って行く。

 私が一体何をしたっていうんだ。


 犬を連れた若い女性が来る。いくらほとんど人がいないと言っても、リード無しとか、リード10mとか、常識が壊れている。

 たいていそうなんだ。

 自分は常識人ですと言わんばかりの人が、こういう所で思いっきり常識が壊れているもんだ。


 もう、大人の間で言葉は、交わされないのか。挨拶すらないんだ。

 私が、「こんにちわ」といっても、あいては知らんぷりで去って行った。


 子供のほうが、余程素直だ。

 私が車に水を掛けながら洗っている所を下校の小学生が通れば、私から「こんにちわ」というと、彼らは必ず大きな声で「こんにちわ」を返してくる。

 私は自宅の前で車を洗っているので、ずいぶんと汚れたおっさんであっても、不審なる怪しい人ではない。


 子供のようには、大人たちは挨拶してくれない。

 伝染性の病気が流行る前から、たぶんそうだったのだ。


 大人たちは、自分達が何時だって子供たちが、じっと見ていると言う事を忘れている。



 車と等価交換。


 私の車は普通の人が見たら、スポーツカーだ。2人乗りだし。だが、本当は違うのだが。

 ピュアスポーツとグランドツーリングカーの差なんて、普通の人には分らないし、どうだっていいんだ。

 炭素がどうたらこうたら、ガソリン車は温暖化の敵だと言われていて目の敵にされているが、バッテリーだって、大概なのに、多くの人はそれを知らない。


 EVが正義みたいに騒がれているけど、そこに載せる電池は希少金属なんだぞ。

 モーターだってそうだ。トルクのあるモーターを作るための磁石はネオジム。

 ネオス・ジジミウムだ。この金属とて、希土類であって所謂レアアースだ。

 そんなものを多くの車に全部搭載していけば、どれほどの量が必要になるのか。

 考えた事があるんだろうか。

 日本では出土しないレアアースが大量に必要になるというのに。

 そして、言うまでもなく、電気だ。どれだけの発電量が必要になるんだ。

 どうやって、その発電量を、「安定的」に賄うというのか。

 レアメタルやレアアースをどれくらい必要として、それが全世界に必要となった場合にそれを産出できるのか。いや、掘りつくした場合、どうするんだ。

 そこをきちんと科学的根拠を持って、議論している人はほとんど見ない。


 温暖化はもっと別の理由も含んだ複合的な、とても難しい問題だ。

 シベリアの永久凍土がどんどん溶けている。ものすごい勢いで二酸化炭素が放出されていく。



 以前、子供たちは私の以前の車を見て、壊れていると言った。

 女の子が指をさして言う。「おかあさん、あの人の車、ドアが壊れちゃってるよ。」

 母親は、なにか忌み物でも見るかの様な視線をこちらに向けて、子供の手を握って去った。


 私のその時の車はドアが上がるガルウイングだったからだが。

 その車の価値を知っていたのは80くらいになる老人のタクシードライバーだった。

 とある食事の店で出会ったその老人ドライバーは、私の車を見るなり、一言、「大事にしなされ。」とだけ言って去った。

 

 もう、今の人には分らないんだ。そう言うものだ。

 本当に大事にしたかったが、どうにもならない理由で、手放した。

 とても惜しい車だったが。


 そして、そうであったからこそ今の車に出会った。


 友人は、それを『等価交換』と呼んだ。

 私が本当に大事にしていて、手放すのが、本当に惜しいと思う別れをしたからこそ、この車があなたの所に偶然のようにして、やってきたのだと、友人は言った。

 それは、

「あなたの心の中において、等価交換をしたんだと思えばいいのだ。」

 彼はそう言った。

 そして「何物も一期一会。」とも彼は言ったのだった。


 一期一会。

 車においては、絶版のかなり以前の中古車を手にした人にしか分らないだろう感覚。何しろ球数も少ない。出会えるだけで貴重だ。


 新車には、本当の一期一会なんかない。まだメーカーが売ってるのなら、また出会える。


 そういうものだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る