ソロ結婚式

夕日ゆうや

新郎新婦

「それでは新郎新婦のご入場です!」

 司会進行役の友人が朗らかに宣言する。

 マイクで大きくなった声にひるむが、俺はひとりで前にでる。

 この赤絨毯を踏むのは新郎と新婦だけ。でもここには新郎しかいない。

 それが寂しい。

 ドアを開けると新郎新婦の親族が丸テーブルを囲うように座っている。その前、新郎新婦の座るメインテーブルまで歩いていく。

 席に着くと、新郎の親族がざわめく。

「新婦はどうした?」

「新郎だけだぞ」

香織かおりさんはどうした?」

 そんな声が聞こえるが、司会が声を上げて遮る。

「今回は新郎の強いご要望により、新郎のみの結婚式になります」

 俺は抱えていた香織の写真をメインテーブルの新婦側に置く。

 開宴の挨拶が終わると、新郎新婦の紹介が始まる。


 なれそめは大学の図書館で同じ本をとろうとした時だった。その日からお互いに意識し、同じ本を読み感想を言い合う仲になった。

 同じ大学ということもあり、俺と香織はよく話すようになり、講義も隣に座るようになっていた。

 この人しかいない。そう思い、彼女と一緒に遊ぶようになっていた。

 最初は近くのファミレスで一緒に食事をとった。彼女とは運命のようなものを感じていた。

拓海たくみくんは、どんな料理が好きなの?」

「俺はオムライスやハンバーグが好きだな」

「そうなんだ。わたしも好き」

 自分が好きと言われているようで一喜一憂した日々。


「コカコーラは飲めないの。炭酸が苦手なの」

「そうなんだ。じゃあ緑茶にでもする?」

「うん。ありがと!」

 喜びであふれていた彼女の笑みは今でも瞼に焼き付いている。


「今度の高分子化学の課題やってきた?」

「やってきたよ。香織さんは?」

「……ちょっと見せて」

「しょうがないなー」

 ちょっとドジなところも。


「熱中症」

「は? どうした急に……」

「ねっちゅうしょう?」

「?」

「ねぇ。ちゅうしよう?」

「え。…………よし。分かった」

 俺が唇を近づけると、指で口をふさぐ香織。

「ふふ。だまされた! わたしは熱中症って言っただけだもん」

「なんだよそれ」

「ふふ。あなたに熱中症しているのよ」

「まったく……」

 からかってきたことも。


「俺、お前が好きだ。付き合ってくれ」

「……うん。わたしもあなたのことが好き。これからもよろしくね」

「ああ。絶対に幸せにする」

「ふふ。ならわたしは幸せになる。あなたと一緒に、ね?」

 小首を傾げて問う香織。

 手を伸ばしゆびきりの約束する。

 互いの幸せを祈り。


「うわ。こぼした」

「どれどれ。これならすぐにシミ抜きすれば大丈夫ね」

「……香織って意外と家庭的だよな」

「もう失礼ね。これでも勉強しているんだから。ほら早く脱ぐ」

「はいはい。未来のお嫁さん」

「もう、からかわないの」

 家庭的なところも。


 全部覚えている。

 だから俺はひとりで結婚式を開いた。

「残念ながら新婦はいませんが――」


 そう新婦はもうこの世にいない。

「わたし、このまま死んじゃうのかな……?」

「そんな訳ないだろ。香織は生きて俺と結婚するんだろ?」

「うん。わたしが死んででも結婚するんだよね。その約束、忘れていいよ」

 忘れられるかよ。

 病死だった。

 俺は自分の掲げた目標のために、結婚式を開いた。香織の母と父には話してある。だから新婦側で慌てふためくひとはいない。

《ふたりの約束だから》

 だから、俺は彼女との思い出を大切に、これからも生きていく。


 桜の花が舞った。


 もう彼女はいない。彼女との出会いは俺を変えた。「明るくなったね」とよく言われるようになった。

 でも、俺は明るく生きられないよ。キミがいないのだから。

 俺、弱くなったよ。

 涙があふれて止まらないんだ。

 情けないよな。


 今日はソロ結婚式だ。たくさん泣こう。


 遺影を持ってその後もソロ結婚式のプログラムを行った。

 彼女の魂を癒やすかのように。

 弔うように。


 これで泣くのは最後だ。

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ソロ結婚式 夕日ゆうや @PT03wing

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