森の妖精王
それでは我が主はどのような解決方法を与えて下さるというのだろう。
この王国側からも魔族からも帝国とやらの新しい勢力からも追われそうになっている、我ら村人に……。
「精霊王様は大森林に逃げ込めとおっしゃいますか。この住み慣れた村を捨ててまで」
「いや、そうは言わんしそれは難しいだろう。それに私は子供達が大好きでな。お前たちが危惧している奴隷として村の外に出すという方法もいい加減、嫌気がさしてきた」
「それは……」
そんな自分勝手なこと言われても困ります。
ライラの意見はそれだった。
各地に売られていった子供たちのそばでずっと彼らを見守っていてくれたのかもしれないけれど、ひどい扱いを受けたのは子供達で、精霊王ではない。
彼の自分勝手な意見に、信徒だからといって村人たちが犠牲になるのは何か納得がいかないものがある。
「分かっているそう言うな。心の声はどこにでも届く。どうだ、ライラ。それにアレン。お前たちの間で決めかねることがあるなら、私に決めさせてはくれまいか」
「……それは。それは、できかねます。私はこの村から出て行くことを反対します……もし村の外に天国はあるとしても、結局は誰かが守らなければならなくなりますから。戦いを前提にする行為は愚かしいことです、我が主よ」
「おい、ライラっ」
アレンの制止の声が飛んでくる。
そこには怒りよりも心底自分のことを案じてくれているのことが感じ取れて、ライラの胸内はすこし暖かくなる。
自分はやはりこの人を愛しているのだと、理解してしまう。
こんな状況なのに、だめだなあ、とライラは苦笑する。
そんな聖女を見て、精霊王は叱るに叱れなくなってしまった。
神様だから何でも通るとおもうなよ。
誰だったか、そんな風に叫び世界を二つに分かった大戦を引き起こした聖女を思い出して、心の内がぴりっとしたものを感じて、妙に顔をしかめてしまった。
長椅子に座る彼の側や、その膝上で座っていた子供たちは、純粋だからか。
主神の顔色を伺うように不安そうな顔つきをしていて、それを見た精霊王は態度を柔和に変えた。
「……いい、アレン。ライラの言うことが正しい。外の世界のことはアレンが良く知り、王国のことはライラが良く知ってくれた。ありがたいことだ。内々で揉めるのはもういいだろう。子供たちが悲しむ」
「しかし、主! どうすればこの先の光が見えるのか、俺には分からない」
「アレン、方法はある。聖女はいま次代の聖女に代わっている」
「は……? ライラが当代の聖女のままでは?」
「それをすれば、あと数か月で彼女の命は尽きるぞ。たった数か月だけの妻でいいのか?」
「え? ぐふっ……ごほ」
アレンは突然の発言に、ぐほぐほとむせ返る。
ライラといえばそれを聞いて顔を朱色の染め、あちらの方向に顔をそむけてしまった。
しかし、その二つの獣耳はしっかりとアレンたちの方向に向いていて、尾はまだかまだかと機敏におあずけをされている狼のように、結論を待っている。
「あー聖女様、しっぽー、可愛い」
「そ、それは。ちょっとやめなさい!」
それを見て子供達の両親や村長や、リー騎士長を始めとする神殿騎士たちからも緊張がほぐれ優しい優しい笑い声が礼拝堂の中に広まっていった。
いつの時代も一番最初に暖かみと純粋な優しさをくれるのは子供なのだ。
精霊様はそれを間近に感じて見てとることで、自分はどんな神よりもある意味恵まれたのではないかと得心していた。
ついでに村人たちの祖先たちが残した言葉を今伝えようと思った。
「若い恋人たちの事に関しては、また後から考えるとしよう。それよりもみんなに伝えることがある。これまで私の決定を尊重し、したがってきてくれたことを感謝する。こんなにも信徒と触れ合うことができた神は私以外にはいないかもしれない。深く、深く感謝と礼を述べたいと思う。同時にかつての能力を取り戻すという名目で辛い思いをさせてきたことどうか許してほしい。結界を緩めればゆるゆるではあるが魔族としての力は取り戻せるはずだ。だが問題はある、帝国とか王国の問題ではなく、神の問題でもない。古き力を取り戻せば必ずそこには種族としての長、南の大陸に存在する蒼狼族の魔王が己の配下に加えようと、やってくることだろう。お前たちの最初の英雄、イブリースはそれを恐れてここに結界を張ったということも、覚えておいてほしい」
いくつかよく分からないことがあった。
気になったのは南の大陸から何かがやってくるということ。
そして……結界を張った?
「英雄イブリースが……この結界を?」
「その通りだ、ライラ。これは私の力ではなく賢者の力。魔王や神と対等に戦うことができた賢者イブリースの力そのものだ。それだけではなく、大地母神だのいろいろと借りてきた力はあるようだが、結界の維持に必要な聖女のシステムはその頃からずっと変わらないのでな。そろそろ別のものに取り替えてもいいだろうと考えていた」
「それはつまり、精霊王様ご自身のお力で結界を張られるって、ことですか?」
「そういうことだ、アレン。しかし効果としてはこれまでよりだいぶ薄くなる。力を緩めてお前たちの先祖返りをゆっくりとだが……戻していく必要があるだろう。幸いなことに聖女とその守り手にはなぜか、不老不死の特典が与えられることもある、が」
どうする?
水の精霊王はライラとアレンの二人を見やった。
それはつまり、精霊王と同じほどの不老不死を得てこの村を。
いや、一族だけでなくレブナス王国内外に住む信徒たちを守る抜くという……長く果てしない責任のある行動を任されることを示している。
即答するにはなかなか難しい問題だった。
「永遠はまだ分かりませんが……でも、アレンの領地にいくばくかの人を入れるのは賛成、かと! おっ思います」
「ライラ? お前さっき反対していなかったか……?」
「いいから! ちょっと待って。落ち着きたい」
「ああ……」
どうしよう。胸のバクバク感が収まってくれない。
永遠の夫婦とか、結婚とかそんな話をいきなりするなんて、なんて意地悪なのこの主は!
ライラは悲鳴を上げる。このやり方はどこかで誰かにされてきた覚えがある……ああ、そうだ。引退間近の大神官様だ。
ついでにリー騎士長も同じような引っ掛けをして、人を遊ぶときがあるから、これはもう主従の文化のようなものなの? そんな中で始終自分を気遣おうとしてくれるアレンがなぜだかまぶしく目に映るのは、気のせいだろうか。
「アレン」
「なんだ?」
「いいからこっち来て」
「はあ?」
「いいから!」
もういろいろと考えてしまうと立ち上がる気力すらわきあがってこない。誰かに支えて欲しくなってライラはアレンを手招きする。
黒髪の青年はよくわからん、と頭に手をやりながら彼女の腕に手をやり、そっと引き上げてやった。
「主、提案があります」
「うん? 聖女から提案とは珍しい。何かな」
「えっと……この夏のことです。私の元婚約者の王太子夫妻の結婚式の際に、王国の隣にひろがるティトの大森林の妖精王シュノーベルズ様の王子妃リーシェ様が……いらっしゃいました。代理人として」
「ああ、そういうこともあったね」
「ええそれで、リーシェ様は大森林を蒼狼族のために開放する、と。そうおっしゃって戻って行かれました」
ので……。
そこから先が言葉にならない。
だからどうしたい?
なぜそんなことをいきなり思い出したの、私。
半ばパニックになるライラをしっかりしろと支えるのはやはり、アレンだった。
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