負けた英雄たち

 選択肢を与えてもらえない。

 それのどこが自由に生きることなのか。

 ライラは理解に苦しんだ。

 ついでにとひとつの疑問が彼女のなかに生まれた。

 彼はついさっきこう言っていた。村に戻り静かに暮らしたいと思ったと。それなのに語っている言葉は争いに関することばかり。

 何かが違う。

 その違和感にライラは素直なることにした。


「言葉に矛盾があると思う」

「矛盾? 俺の言っていることにか……村で静かに暮らしたいって、そう言ったことか?」

「うん……そう。あなたはそんなに二つの言葉を並べられるほど器用な人じゃないと思ったから」

「舌は一枚しかないよ。ついでに嘘つきは嫌いだ。自分の出した言葉を飲み込めるほど大きな器も持ってない」

「それで……いいと私は思います。あなたはそれでいいと思う。うん、私はそんなあなたが大好きだから」

「それは嬉しい一言だ」


 自分でも心に思ってはいても口に出そうとはしなかった一言が、なぜか出てしまった。心に素直になりすぎたかもしれない。これまでそういったものは大人の世界で生きるには不便だったから、なるべく隠そうとして生きてきたのに。

 大神殿のなかでも、それなりの政治闘争というものは存在する。

 大神官がいて聖女がいて、その下に各地の神殿の長がいて、神殿の領地の管理者がいて。その誰もがやっぱり自分だけの特権を得ようとして擦り寄ってきたり、時には喧嘩を売ってきたり、時には誰かを蹴落としてでも手に入れようとしていたそんな権力。

 王族の世界でも貴族の世界でも特権というものが存在する世界はどこも変わらない。

 多分この小さな村の中ですらも。

 だからあんな愚かな神殿騎士たちを信じることになってしまったのだろうけど、とそこまで考えてライラはふるふると首を振った。

 今はあの世界は関係ない。

 関係ないけれど、十年もの間過ごしてきた世界はそんな世界で。

 自分はやっぱりその世界の中でどうにか自分の特権と地位を守り抜くために小さな小さな戦争を、あの大神殿のなかで引き起こしては制圧してきた。

 恋人には見られたくない姿。

 彼には見せたくない姿。

 醜い自分がそこにいることにライラは気づいていた。


「嬉しいのはいいのだけれど、やっぱりあなたの言っていることには二つの側面がある気がする」

「一つ勘違いしないでほしいんだ。俺は、この場所は捨ててでも新しい村を作るべきだと考えてる。どこからも干渉されない世界に俺は住みたい。できるならお前と一緒に……これは今は関係ないか。すまん」

「い、いいの。いいから、気にしないで」

「ああ」


 小娘じゃないのに。

 胸を高鳴らせてどうするんだろう。

 ほんの少し前まで別の男性の妻になろうとしていたのに。

 私は汚い。

 心が汚い。いつのまにか聖女なんて名前にふさわしくない女になったのかもしれない。

 彼の言っていることが理想的すぎてどこまでも現実的じゃないって頭の中で否定する。

 誰にも干渉されない場所。

 ……そんなものはこの世のどこにも存在しないから。


「本当に、外の世界に生きたことがあるの?」

「ん? 村に戻ったり出たりを含めたら十年近くになるが。お前は?」

「……私は、ないわ。この王国だけ……」

「そうか。外の世界はいいぞ、ライラ。この王国しか知らないお前には分からないかもしれないけど、誰もいない土地も、まだまだ世界には存在する。俺たちは力があれば、守りきることができる」

「アレン、それは誰にも干渉されないとは言わないの。勝ち取った権利って……そう言うの」

「権利ならもう勝ち取ってある」

「え? どういうこと?」

「言っただろう、勇者たちに参加したと」

「聞いたけど、それが……なに?」


 結局、勇者たちは魔王に負けてしまった。

 それが通説だ。

 最後に勝ったのは勇者でも聖女でも剣聖でも、伝説の英雄でもなかった。

 たった一人の皇帝。

 たった一人の人間が、魔王と竜王という偉大なる二つの存在にと三者だけの戦いを望んで勝ち残ったのだ。

 だからこそ聖戦は終わった。

 人類に有利なように、人類に有利な条件で、すべては終わってしまったのだ。

 目の前にいる彼は、その負けた一人。

 勝つことはできなかった哀れな英雄の一人。

 ライラにそれを口にする気はなかったけれど。


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