聖女の微笑み
「そう、グラント守護卿。それにしては兵士の数がお粗末ね。本気になって戦う聖女をこの程度の人数で捕縛できるとでも思っているの?」
「ぐっ!?」
ライラの微笑みには揺らぐことのない強者の自信があった。
「反乱というには参加する人員も足りない。あの子たちが貴方に――クレドの神殿騎士がそうやすやすと、大学上がりの貴族籍の若者に従うとも思えない。守護卿、貴方は利用されたのね。可哀想に」
「何を言われますか! この通り、守護卿としての鎧すらも支給され、勇んでいってこいとまで諸先輩方にはお声を頂いたのに!! 貴方の蛮行は許せないとまで、彼らは声高に叫んでおりましたぞ、聖女ライラ!?」
突然変わったライラの語り口の強さに、その態度の変わりように、村人たちは驚きの顔を浮かべていた。
神殿騎士の反乱なのか、それとも聖女が犯罪者として王国に追われているのか。
最初にこの村にたどり着いたグラント守護卿の演説は――村長以下、村人の多くになっとくのいくものだった。
聖女は側室になることを止め、婚約破棄を王太子自ら言いつけて王国はその価値を見失った。
故郷の村に向けて逃亡した彼女を捕縛しに来たという、グラント守護卿の言葉は信じるに安かった。
ライラは出て行ってから十年近く、一度も村へは戻らない。
村に対しての何か特別な施しもなく、王太子の近衛騎士が村人をさらい、人身売買に利用していると発覚した二年前には、彼女は同族をモノのようにしか見ていない、もう裏切り者だとまで声が上がった。
それを諭してきたのはウロブ村長と、村から離れて様々な世界を巡り、奴隷として売られていたディアスを見つけて弟子にし、消えた村人たちを取り戻して来たアレンだった。
「そうですか。ですが、それはこれから直ぐに判明すること。貴方ももう少し、神殿騎士について学ぶべきでしたね。いいえ……戦いについて学ぶべきでした。机上の空論では――戦争はできませんよ、グラント守護卿。残念です」
しかし、ライラはそんな多く向けられた数百の猜疑心のこもった視線に臆することなく、はっきりと言ってのける。
「どのような意味かを……お伺いしたいですな?」
グラント守護卿が片手を挙げると、リー騎士長以外の神殿騎士たちが剣を引き抜いた。
その剣先が向かうのはライラではなく――人としての価値を認めていない村人たちだった。
一斉に悲鳴が上がるなか、村長とアレンだけはただ黙ってことを見守り、ディアスの顔には困惑めいた必死さがあり、アレンの弟と言ったか、イブリースの顔には嘲笑が浮かんでいることをライラは見落とさなかった。
「愚かな……。せめて、その刃先を向ける相手を間違えなければ、まだ村人たちからの信頼を勝ち取れたのに……」
「意味が分かりませんな!? たかだか獣人、何をするものか!」
自分たちの状況が理解できていない。
神殿騎士は二本しかない縦長の通路に縦隊で並んでいて、その両側には村人たちが座っているのだ。
単なる人ではない、狼の爪と牙の鋭さを数倍にもした、自然の凶器がそこにはあった。
でも、村人たちは戦死でもなく、単なる農奴だ。
怯えと怒りと、誰に向けていいのかはっきりとしない復讐心が、ギラギラした炎となり、祖先の戦いの魂に火をつける前にとめないといけない。
あいにくと、ライラはその方法を知っていた。
「リー騎士長。もう宜しいかと」
「ああ、そうですか。では、そうしましょう」
ふと、傍らにいたグラント守護卿がその声にリー騎士長に振り向くと、彼は奇妙な行動を取っていた。
戦場で一番大事な、内臓や心臓を守るべき騎士の防御壁――胸の部分のプレートをそっと外して、足元に棄てたのだ。
そこには一本の線と、階級や役職を表す意匠が描かれているだけなのに――??
「貴様!? 一体何をしている? その胸でも貫いてくれという意思表示か……??」
「いやいや、まさか。ただ、少しばかり身軽になりたかっただけだよ。グラント君」
「私のことは守護卿と呼べと!!」
からかうようなその声に、グラントの顔は紅潮する。
その拳がかつての上司に届く前に、リー騎士長はライラに向かい、手を挙げていた。
それを受けて、聖女はやれやれといった顔をすると、自身の着ている服に縫い込まれた意匠に手を当てて文言を唱え、力を与える。
すると、水の精霊王の聖女らしく、ライラの全身は水色の焔のようなものに包まれ、あるいは熱くもない揺らぐ幻の水流のなかに存在するように見えた。
村人たちがあっけに取られ、教会の室内が朱色と青の閃光に満たされると、誰もがあまりのまばゆさに目を覆い、ある者は手で防ごうとして無抵抗になる。
唯一、アレンがその全容を確認し、ディアスとリー騎士長は薄目を開けてライラの奇跡を目撃する。
そして光が緩やかに収まるまでの数秒をかけて……教会から神殿騎士たちは姿を消していた。
「あー……ライラ? うまくいきましたかな?」
黙って連行されるのは疲れたと首を鳴らしながらそう問うリー騎士長に、ライラは静かにうなづいた。
「多分、彼らは今頃は村の結界の外でしょう。気づいている者だけが――クレドの有志たちが向かわせてくれた護衛だけが、残っているはずです」
「それだといいですな、で、数は?」
待ってとライラは言い、天空からの精霊の返事を聞いて微笑んでいた。
「鎧に仕込まれた敵陣からの強制送還術式。あれのお世話になったのは、この教会と各分隊を指揮していた騎士たちだけのよう。八割は残ったみたいね」
「なるほど。大神官様もなかなか、無謀なことをやりますな」
では、自分は外で彼らをまとめてきますよ。
そう笑顔で言い、教会を出ていくリー騎士長を見送ると、ライラはまだ唖然として事態が理解できない村人たち――その代表であるアレンに向き直っていた。
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