仲間

 村人たちの間から、悲し気な嗚咽が幾筋の上がる。

 なぜ自分たちをそのように扱うのか。これまで奴隷のように扱われながらも、じっと数百年。我慢し、王国に仕えて来たのにと、溜めていた嘆きの声がそこかしこから漏れ出てくる。

 耐えて来たのだろう。ライラが知らないこの十年の間にも、あったのかもしれない。

 その都度、自分が聖女だからと声をあげなかったのか、それとも迫害され続けた結果なのか。 

 ライラにはわからない。


「獣人狩り? 王国ではそのような無法は禁止しているはず。いつから起こったの……アレン……」

「三年前からだ。覚えていたのか?」

「三年前? しかし、その時はこの土地は……」


 ええ、覚えていましたよ。約束を忘れたことなんて一度もない。

 貴方に再会するために生きて来たのだから、貴方の存在が私を支えてくれたのだから。

 そして、故郷の存在が。

 しかし、いまはまだその思いを告げる場ではないらしい。


「そうか。なら、ライラ。いや、聖女様。あなたの判断は間違っていたということになるな」

「情報が少なすぎます。誰がどういった意図で獣人狩りを行っているのか。まずはそれを知らなくてはいけません。何より、この集まりはなぜ? 私の戻りを祝ってくれているというのではなさそう。そこまで特別な存在だと思っては無いけど……」

「思ってるだろ? それでも逃げ足が早いのだけは昔から変わらないけどな」

「何……?」


 話が嚙み合わない。出てくる話が多すぎる。

 出会い頭に提案されて困ることはこれまで、幾度となく経験してきた。

 王国との折衝、各地方や結界の外にもある、精霊王を奉じる国々との政治的なものまで。


「今度は故郷を売ってまで生き延びるつもりか、ライラ?」


 でも、この発言は恣意的だ。

 あまりにも偏り過ぎている。

 そう、まるで自分を悪と決めつけて断罪しようとしたあの、王太子のように。

 こういう場に立たされた人間の行きつく先はたった一つ。

 牢屋だ。


「正しい意志はここに生きていますか?」

「正しいかどうかは知らない。だが、ライラに対する怒りなら。みんな持ってるよ」

「そう……怒り、ね。それは貴方もなの、アレン?」


 アレンが自分を見据えていた。

 まっすぐなその顔は、その瞳は、その悪戯好きな横顔すらも――彼は幼い記憶のままでただ一人のライラが受け入れたいと思った男性、そのままだった。


「さあ? だが、アルフライラの華はまだ散る気はないようだ」

「華?」


 そう言っている間にも、神殿騎士たちが教会の入り口を固めたと報告に入って来る。

 ライラがここに来る道すがら、飛ばして来た水の精霊たちがはるかな上空から、教会の周囲から、村に張られている結界から。

 そのすべてを通じて少なくとも、数百人。

 一個中隊、五十から二百人規模の騎士と兵士がこの村を囲んでいるという報告も――ライラとリー騎士長には随時届いていた。


「それを散らさないようにするために、私をここに呼んだと、そういうこと? アレン?」

「長老が決めるさ」


 アレンは後ろを指さした。

 下段に座る彼はそれを受けて、静かに首を振る。

 その仕草の意図が分からない。ただ、リー騎士長は心を通じてライラに伝えていた。

 逃げるべきだ、と。


「聖女様。華の役割はもう終わったかと。残るは新しい種をまくことにあります」

「長老……」


 ウロブはしわが多くなったその頬で優しく肩をに手をおくような雰囲気でライラに語り掛けていた。

 逃げろ、そういう意味なのか。

 それとも村の為にここで死んでくれ、そういう意味なのか。 

 いや何よりもこうなっている理由すらわからない。

 

「グラント守護卿。報告を」


 この中で唯一、第三者的な立場であるのがグラントだということがライラには皮肉に感じていた。

 あの日、クレドの執務室で最後に会話をした時とは、まるで人が変わったような部下の青年は問われて不満そうな顔をする。

 それは、王太子がして見せたような特権を得た人間独特の、不遜な顔つきだった。


「報告はありません、聖女ライラ」

「無い? それなのに貴方は私を上司の職位で呼ぶの?」

「聖女は永久栄誉職ですから。その意味ではつけなければ失礼に当たります。しかし、上司ではありません。王都を許可なく逃亡した罪により、神殿内での権限はすべて――はく奪されております。今の貴方は単なる逃亡犯だ。そう、リー騎士長。貴方もです」

「逃亡? ――大神官様は!? クレドの部下たちは!?」


 言われて咄嗟に口を突いて出たのはその言葉だった。

 呼応するように村人たちとアレン・ディアス両名の重たい溜息が、ライラをがんじがらめにしてしまう。

 故郷はどうでもいいのか、そんな思いがそこには存在していた。


「まずは御自身の安全では……? 他人の心配も大したものですが、慈愛も――まあ、いいでしょう。神殿本部は王都よりその機能をクレドに移しました。同時に、王国内の各支部・教会に至るまで神殿騎士が臨戦態勢に。敵は魔族でも異教徒でもなく、王国の一部ですよ。まったく……どうして逃げたのですか、ライラ」

「王国の一部、とは?」

「王太子とその一派、連なる貴族たちと近衛騎士。そんなとこです。大神官様は王太子妃を新たな聖女に認可することは許可しましたが、これまで貴方の名義だった神殿の資産の返却を王太子に要求。婚約破棄をしたのはあちらですから、これは正当な権利です。しかし、聖女の任期を全うしなかったことについて、王太子派の元老議員から申し立てがあり……神殿に対して現聖女ライラへの全権限の凍結を要求。これには従わなければならなかったようですね」


 貴方はりー騎士長と二人、のんびりとこの村への恋の逃避行をしていたわけだ。

 その嫌味とも思える一言が発せられた時、ライラは後ろで木材が軋み、折れたような激しい音を耳にする。

 振り返ると、そこにいたのは教壇の木材の一部を素手で握りつぶしたアレンの静かに怒れる蒼狼の姿だった。


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