(15)



「聖女……」


ぽつりとつぶやいた私の声に誰も反応することなく、部屋は静まり返っている。

どういうことなんだろうか。ゲームではシルヴィアは聖女と認められなかったはず。それなのに聖女と認められた? 知らない。こんな展開は知らないし予想もしていなかった。こうなるとレジスタンスはどう動く? ゲームと変わらないのか、それとも知らない展開になるのか。何が原因で歯車が狂ってしまったのか。なんだ、なんなんだ。

レオンとアゼルが何か会話をしているが頭の中に入ってこない。起きてしまった事実を考えることで手一杯だからだ。ぐるぐると思考が巡り、そこではたと気づく。


(もしかして、私……?)


前世の記憶を持った、私のせい?


「姉様!? 大丈夫!?」

「え?」


アゼルの驚いたような声に顔を上げれば、この場にいる全員(あのオリバーまでも)が私を心配そうに見つめていた。


「顔真っ青だし手も震えてる」

「……大丈夫よ。少し寒いだけだから」


無理やり笑顔を作ってカップに両手を添える。少し震えてはいたがバレないように必死で押し隠していた。そんな私を見ていたレオンが『ごめんね、部屋が寒かったね』と、指を鳴らして魔法で少し気温を上げてくれた。これは火の魔法の応用だ。もちろん、私はまだ出来ない。


「ありがとうレオン」

「ううん」


ふわり、微笑んだ彼につられて私も微笑む。少しだけ気分が落ち着いたような気がした。


「ねぇ、レオン。シルヴィアにはもう聖女だと話したの?」

「いや、まだだよ。話そうとは思うんだけど、もう少し整理してからがいいかなと思って」

「そう、ね。混乱させても可哀想だし」


ただでさえ慣れない学園生活に戸惑っていることだろうし。これ以上負担にさせるのは可哀想だ。かといっていつまでも話さないわけにはいかないので、もちろんいつかは話すのだろうが。それに聖女はこの世界では伝説上の存在だ。およそ150年ほど前に存在したと書物などに書かれているが、嘘か本当かわからない。そんな伝説上の存在が実際に現れたのだと世間に知られたら混乱することは目に見えていた。


「今、彼女が聖女だと知っているのはここにいるぼく達と、父上、そして大神官だけなんだ。だから……」

「えぇ、もちろん分かっているわ」


レオンが言いたいことはもちろん分かった。このことは誰にも言うな。私とアゼルは、レオン王太子殿下に口止めをされたのだ。


「ありがとう。カーラ」

「ううん。当然だもの」


国民として、そして彼の幼馴染みとして、私はこのことを口外しないと決めたのだった。彼の微笑みにつられて私も微笑んだ時、彼の机の上にある花が視界に入った。


「スノーフレーク?」


ぽつりと呟いた言葉に、目の前にいたレオンがビクリと肩を揺らした。そして慌てたように手をバタバタと動かして私の視線を遮ろうとするが、ひょいひょいと顔を動かしてそのスノーフレークを見る。一輪挿しに飾られたスノーフレーク。その茎には以前私があげたリボンが巻かれていた。


「もしかして、あの時の……?」

「……っ」


見る見るうちにレオンの顔が真っ赤に染まっていく。その様子がなんだか久しぶりで、思わず吹き出しそうになってしまった。


「あの時?」

「ほら、私が木から落ちた時にレオンに助けてもらったでしょ? その時にうちで育てていたスノーフレークを摘んであげたの」

「あぁ。ティリーを助けた時のか。姉様が無謀な木登りをしたやつ」

「こらアゼル」


ぺしっと彼の頭を軽く小突いて戒める。しかし彼はただ笑うだけで効果はなかった。


「でももう何年も前のスノーフレークよ? それならとっくに枯れているはずなんだけれど」

「……父上にお願いしたんだ」


どうやら観念したらしいレオンが小さく口を開いた。その隣でオリバーが必死に笑いをこらえており、それに気づいたレオンがキッと彼を睨んでいた。


「あの頃はちゃんと使えなかったから、枯れない魔法をこの花にかけてほしいって」

「今は定期的に殿下がかけております」

「オリバー! 余計なことは言うな!」

「これは失礼」


こほん、と咳払いするオリバーだったが、その姿はとても楽しそうに見えた。なんとなくだが彼らの関係性は見えた気がする、うん。


「……嬉しかったから」

「え?」

「初めて出来た友達からのプレゼントだったから嬉しかったんだ。でも何年も持っているなんて気持ち悪いよね。ごめん」

「何言ってるの。ずっとレオンが持っていてくれてとても嬉しいよ。だからこれからも飾っていてね」


まさかあの頃からずっと飾っていてくれたなんて思いもしなかったから嬉しい反面、くすぐったい。今度実家に帰ったらまた摘んでこようかな、と考える私の耳にはアゼルの『無自覚って怖いな』なんて言葉は入ってこなかった。

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