(13)



昨日は結局シルヴィアと共にロベルト先生の所へと向かい、彼女から相部屋になると聞いた旨を伝えれば『初めにカーラさんに伝えるべきでした。すみません』と先生に頭を下げられた。元々分かっていたので気を悪くすることなどもちろんないのだが、とりあえず微笑みながら頷いた。

先生の話だと机やベッドなど必要なものは明日(つまり今日)届くというので、仕方なく一緒のベッドに寝ることになった。彼女はシャワーを浴びてベッドに入った途端眠り込んでしまった。なんだかんだ疲れが溜まっていたのだろう。私も失礼して隣に寝転び、彼女に背を向けて朝を迎えた。

ぐっすりと眠り込む彼女をようやく起こし、支度をしてドアを開けたところで、迎えに来てくれたアドリエンヌと目が合った。


「おはようございます、カーラ」

「おはようございます、アドリエンヌ」


いつもの朝の挨拶。彼女を見るとつい綻んでしまうが、間抜けだと思われたくないのですぐに表情を戻せば、アドリエンヌは私の後ろに立つシルヴィアへと目を向けた。


「あら?」

「お、おはようございます」


びくびくと挨拶をするシルヴィアは、昨日の私に対しての態度とはまるで違う。何かに警戒するような、怯えるような態度だ。


「カーラ、彼女はもしかして?」

「えぇ。転入生のシルヴィア様です」

「相部屋になったというのは本当だったのですね」

「部屋が広すぎたのでちょうど良くなりました」


ふふっと笑う私に、アドリエンヌが柔らかく微笑んだ。そして再び彼女へと視線を向け、スカートの裾を軽く持ち上げて腰を落とした。


「初めまして、シルヴィア様。私はアドリエンヌ・バシュロと申します」

「あ、わ、私はシルヴィア・コルケットと申します。よろしくお願いいたします」


慌ててシルヴィアも同じように挨拶をする。今まで村で暮らしていた彼女にとって、このような貴族のルールはまだ身についていないようだった。幼い頃、スチュアートにしごかれた記憶がふつふつと蘇ってきたが、頭を振ってその記憶を追い出した。ごめんね、スチュアート。


「私のことは是非 “アドリエンヌ” とお呼びください」

「え? で、ですが……」

「カーラのお友達は私のお友達ですわ!」


ふふん、という声が聞こえてきそうな程、彼女は胸を張っていた。いやだから可愛すぎるんですけど?

しかしシルヴィアはやはり思うところがあるのか、なかなか頭を縦に振らないでいた。これはきっと私が一言言わないとこのままかもしれない。そう思って、私もアドリエンヌと同じように微笑んだ。


「アドリエンヌが言ってるのですから、そう呼んではいかがでしょう?」

「……はい! わかりました!」


少し考えてから、シルヴィアは大きく頷いた。そしてやっと私の後ろから横に並び、にっこりと微笑んだ。


「私のことも “シルヴィア” とお呼びください!」

「はい、シルヴィア」


2人はお互いに笑みを浮かべる。今手元にスマホがないことが悔やまれる。もしもスマホがあれば! この微笑ましい瞬間を! 写真に収められるというのに!

心の中で『ギリィ……』と唇を噛みしめつつ、私は彼女たちの真ん中に体を滑り込ませた。


「早く行かないと遅刻しちゃいますよ?」

「まぁ、いつもはカーラがお寝坊さんで遅刻しそうだというのに」

「アドリエンヌ! それは言っちゃダメです!」

「シルヴィア、これからはカーラを起こしてあげてくださいね?」

「はい!」

「今日は私が早起きしたのに!」


むう、と頬を膨らませた私を彼女たちは笑って、そして足早に教室へと向かったのだった。





「では、シルヴィア。またお昼に」

「はい!」


小さく手を振った彼女を見送って私たちも教室へと入る。その瞬間、数人のクラスメイトが私たちを取り囲んだ。どうやら先ほどのやり取りを見ていたらしい。あぁ、面倒くさいことになるな、と思った通り、彼らは矢継ぎ早に質問をしてきた。


「同室になったというのは本当ですの?」

「あの転入生、魔力が暴走したんだって?」

「貴族じゃないのによくここに入れたよな」

「陛下直々の命ですもの。それは当たり前ですわ」


途中から聞くのをやめ、さてどうしたものかと考えていると、アドリエンヌが一歩前に踏み出した。


「少し静かにしてくださらない?」


ピリッとした空気が辺りに漂う。大きな目をスッと細め、そして右手を頬に添えている今のポーズは、ゲーム内スチルで見たことがあった。共通パートで見られる(つまりスキップしなければ毎回登場するスチルだ)もので、あの時は怖さを感じたが今は目の前で見たい。先程のようにスマホで撮りたい欲に駆られる。なぜこの世界にはスマホがないのか! なぜ! と心の中で葛藤していると、今まで私たちを取り囲んでいた彼らは蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。


「全くもう、嫌になりますわ」

「私は最初にアドリエンヌと出会った日のことを思い出しました」

「そ、それは忘れてください!」


あわあわと慌てる彼女が可愛くて、とりあえず笑顔で『いやです!』と言えば、彼女はまるで小動物かのように頬を膨らませた。


「あ、アドリエンヌ。今日の放課後なんですけど、少し用があるのでシルヴィアと先に寮に戻っていただけませんか?」

「えぇ、それはもちろん構いませんわ」

「ありがとうございます」


放課後、私はどうにかしてレオンと話をしたかった。昨日あれだけ心配してくれていたのだ。少しでもその心配を取り除かなくていけないだろう。そのために彼をどうやって捕まえようか授業中ずっと考えようと思っていた。しかしそれは無駄足に終わる。


だって、私がレオンに呼び出されてしまうのだから。

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