(12)
今この状況を誰か説明して欲しい。目をキラキラと輝かせて私の両手をガシッと掴んでいるのは、ゲームの主人公のシルヴィアだった。本来ならば彼女との出会いはこうではない。先生に呼び止められて相部屋について打診があって承諾したらそのすぐ後に彼女を紹介されて一緒に部屋に行く。そんな流れのはずだった。しかし今は全くそんな状況ではない。天気がいいから図書室で借りた本を外で読んでみようと思って中庭にいた。アドリエンヌも誘ったのだが先約があったので私一人。ラルフとも話したあの木の根元に腰掛けて本を読んでいたのだ。すると彼女は突然現れて、私を見るなり飛びかかる勢いで近づいてきたのだ。
「あ、あの……?」
「あなた、カーラさんですよね?」
「はい、そうですが……」
ぱちくりと目を瞬かせる。なぜ彼女が私の名前を知っているのだろうか。もちろん今の瞬間に自己紹介をしたわけではない。私は一方的に彼女、というか主要人物たちを知っているが、それは前世でゲームをプレイしたからであって、彼女が私を知っていることが不思議で仕方なかった。
「あの、私はシルヴィア・コルケットと申します! カーラさんとお友達になりたいんです!」
「へ?」
いきなりの発言にさらに目を大きくする。友達になるのはもちろんなのだが、まさか彼女からそんな申し出があるなんて思わなかった。
「えっと、それはもちろん構いませんが、その前にお聞きしてもよろしいですか?」
「はい! ぜひ!」
「なぜ私の名前を知っているのでしょう?」
ここは務めて冷静に問いただす。これがもしアドリエンヌだったら転入初日でも名前を知っているのはまぁ分かる。しかし私だ。モブキャラな私を知っているのだ。不思議に思う他ない。
「あ、ごめんなさい。あの、その、ですね……」
途端にシルヴィアは歯切れが悪くなる。目を泳がせ、指先を擦り合わせて落ち着かない様子だった。
「なんて言ったらいいんですかね、えっと……」
しかし彼女が最後まで言葉を紡ぐことはなかった。私は後ろに手を引かれ、まるでその存在を隠すかのように誰かの背中が目の前に現れたからだ。
「君、一体どういうつもりかな?」
見慣れた大きな背中、しかし聞き慣れないその声音のせいで目の前の存在を彼と当てはめるのに少し時間がかかってしまった。
「なぜカーラに話し掛けるんだ?」
風と共に揺れる、さらさらの金髪。それは正しくレオンだったのだ。
「え、あ、レオン様……?」
「なぜ話し掛けるのかと聞いているんだ」
鋭い声音に私も驚いて声が出ない。彼はシルヴィアに明らかな敵意を向けていた。
「私はカーラさんとお友達になりたくて……」
「友達? なぜカーラと?」
「友達になるのに理由がいりますか?」
「君は “危険人物” なんだ。理由が必要なのは当たり前だろう?」
私の手を握る彼の力が強められる。少し痛かったが、今はそれどころじゃなかった。レオンはそれこそ最初はシルヴィアを警戒していた。しかしここまでの警戒ではない。すぐに彼女への誤解を解き、仲良くなるのが共通ルートのはずなのだが、どういう訳か今は警戒心剥き出しで彼女に対峙している。
「レオン? あの……」
そこではたと気づく。私たちの関係がバレてはまずいのでは?
ゲームの中でカーラとレオンが幼馴染だという設定は結局明らかにされなかった。それなのに、シルヴィアが転入してきた初日にバレてしまうだなんて。
だがレオンはそんなのお構いなしとでもいうように私の手はしっかりと繋いだままだった。
「もう! レオン様邪魔です!」
「それは君だろう?」
「私はカーラさんとお話があってですね!」
「カーラにはない」
「もうっ!」
……いや、ある意味気が合うのでは? 目の前で繰り広げられるやり取りに呆気にとられてしまうが、シルヴィアの次の言葉でさらに驚くことになった。
「いいですよ別に。だって私とカーラさんは同じ部屋なんですから!」
「は?」
「え?」
どうだと言わんばかりに胸を張るシルヴィア。それに反してレオンと私はあんぐりと口を開ける。
「なにを言うのかと思えば。よくそのような嘘をつけるな」
「嘘じゃないです! ロベルト先生が言ってました!」
私とカーラが同じ部屋なのは驚かない。それがゲームの設定なのだから。しかし順番が違うのだ。先生から打診があってからのシルヴィアとの初対面。それなのに、既に相部屋になることが決まってるだなんて。そしてふと、ゲームとの最大の違いに気づいてしまった。目の前のシルヴィアと、ゲーム内のシルヴィアとでは性格がまるで違うということに。
「あの、シルヴィア、さん」
「はい!」
レオンの背中から顔を出して彼女に声をかける。先程までレオンへと向けられていた視線は、瞬時に私へと移された。
「カーラ」
「大丈夫だよレオン」
「……わかった。君がそう言うなら」
言葉では納得したようにみせかけているが、表情はそうではなかった。眉間に皺を寄せ、口を尖らせている。そんな彼に笑いつつ、私は再び彼女へと視線を移した。
「あの、一つお伺いしたいのですが」
「はい!」
「私の名前を知っている理由を教えていただけますか?」
すると彼女はぴくりと反応し、そして先程のように指を擦り合わせた。あーとかうーとか口にするその様子は、私がお父様やスチュアートに怒られた際に言い訳を考える姿と重なった。
「じ、実はですね、先程ロベルト先生とお話をしながら歩いている時に中庭へ向かうカーラさんを見かけまして……その時に先生からお名前をお伺いしたのです」
それならば最初からそう言えばいいのに、彼女は言うか迷っていた。それが本当かどうかすら怪しいが、一先ずその “言い訳” を信じることにする。いや、もしかしたら本当なのかもしれないが私には確認する術がない。
「そうだったのですね」
「勝手にお名前を聞いてしまったのですぐに言い出せず……申し訳ございません」
「いえ、大丈夫ですよ」
私の手を掴んでいるレオンの手に触れて離してもらい、彼女へと一歩近づいた。
「カーラ・マルサスと申します。ぜひ、 “カーラ” とお呼びください」
「シルヴィアです! 私のことも “シルヴィア” と!」
「では一度ロベルト先生の所に向かいましょうか」
「はいっ!」
くるりと背を向けたシルヴィアに見つからないようにレオンへ顔を向ける。何か言いたそうな表情だったが、大丈夫という意味を込めて微笑んでみせれば彼も諦めたようだった。後でレオンと話す必要があるなと思いつつ、シルヴィアの隣に並んでロベルト先生の所へと向かうことにしたのだった。
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