(29)



レオンは正装に身を包み、ご令嬢方の中心で微笑んでいる。いつものレオンというよりかは王太子としてのレオンのようで。しかしご令嬢方に囲まれている姿を見ていると、友達を取られてしまったようなそんな感覚に陥った。自然と、レオンから頂いたブレスレットに手が伸びる。私はそれを隠すように、反対側の手でぎゅっと手首を掴んだ。


(って、なんだか子供っぽいな私)


外見はもちろん子供そのものなんだけれど、中身は前世と合わせると……うん、やめよう。年齢の事は考えてはいけない。自分がむなしくなるだけなのだから。心の中で嘆息しつつ、私はレオンから視線を外してクロードを見やった。彼はガラスの向こうで沸いている中心人物が分かっていないようだ。


「それではクロード様、失礼いたします」

「あぁ」


どうやら彼はまだここにいるらしく、先程までと同じように外へ視線を向けたクロードを見てから体を反転させ、私はホールへと戻った。ホールの真ん中では未だレオンがご令嬢方に囲まれており、これはもう彼と話す機会はないんだろうな、と考える。

近くを通った使用人の方が運んでいたグラスをいただき、特に喉が渇いているわけではなかったけれどグラスを傾けた。今度はオレンジジュースではなくてぶどうジュースだ。零してしまったらドレスにシミが出来てしまうので、気を付けながら慎重に飲んでいく。途中零しそうになったけれど。うん、どんだけ口元が緩いんだ私は。


(……いいなぁ、私もレオンとお話したいなぁ)


今日はレオンとお話ししていない、目の届くところにいるはずの彼は今は届かない存在で。かといって誰かとダンスする気にもなれない。改めてレオンは王太子なのだなと思い知らされた。

ふぅと短く息を吐き出しながらレオンをじっと見ていると、偶然にもこちらを見たレオンと視線が交わった。


(え?)


一瞬驚いた表情をしたレオンだったがすぐに表情を戻して、まるで何かを伝えるかのように小さく口を動かしていた。


(な、が、い、も……ん? 長芋?)


長芋だなんてレオンが言うはずもない。そもそもこの場で長芋だなんて誰が言うだろうか。となると長芋ではなくて……がではなくてか? なか、に……あっ、中庭?

こくりと小さく頷いて見せれば、彼は周りにバレないように微笑んで、そしてご令嬢との話に戻っていった。


(中庭で待ち合わせってこと、だよね?)


もし間違っていたらレオンに申し訳ないけれど確認をすることも出来ないので、不安を覚えつつ中庭に向かうことにした。しかしお父様に言わないで勝手に抜け出していいものか悩んでいると、マックロー伯爵とのお話を終えたお父様がタイミングよく戻ってきた。その顔はなんだか疲労が混じっているような気がしたのだが、聞いたところで答えてくれないことは分かっていたので、特に聞くこともなく『おかえりなさいませ』と頭を下げただけに留めた。


「あそこにいるのはレオン様か」

「どうやらそのようです」

「……昔の陛下を見ているようだ」

「まぁ、そうなんですか?」

「陛下もパーティーに出席なさるたびにあぁなっていた」


想像は容易かった。アレクシス国王陛下が王太子であった頃は周りのご令嬢達が放っておかなかったんだろうなと。そしてそれをお父様は間近で見ていたんだろうなと。そんな国王陛下の血を受け継いでいるレオンもこうなるのは当たり前なのかもしれない。ゲーム内のダンスイベントでも確か囲まれていたような気がするし。もちろんレオンだけではなくて、ラルフもラインハルトもクロードも囲まれてはいたのだけれど。


(イケメンって本当に大変ね)


ぺたり、自分の顔に手を伸ばしてみる。平凡の中の平凡で良かった。


「あ、お父様。少しお外に出てもよろしいですか?」

「……はぁ。なるほど。そういうことか」

「え?」

「いや、こちらの話だ。かまわん、いってこい」


眉根を寄せて不機嫌そうな顔をするお父様に首を捻る。なるほどとはどういう意味だろう。問いただしてみようかと口を開いた私よりもお父様の方が一瞬早かった。


「お前の用事が終わったら帰るぞ」

「え? もうそんなお時間ですか?」

「譲歩した結果だ」

「譲歩……?」

「こちらはそんな気がないというのにアイツときたら……カーラ、お前は知らなくていい」

「んー?」


なんの話をしているのか全く分からないけれど、とりあえず中庭に行ってもいいという許可は頂いたので、お言葉に甘えることにする。ここを出たら左に曲がって突き当りを右に曲がれば外に出るドアがあって……随分とお詳しいのですね、お父様。


「では少し行って参ります」

「あぁ」


お父様に頭を下げ、私は言われたとおりの道順で中庭へ向かうことにした。











「よいしょ、と」


中庭についた私は、レオンが来るまで座って待つことにした。ふかふかの芝生はとても気持ちよくて、これがいつもの服装ならごろんと仰向けになって空を眺めるのになぁ、なんて思いながら見上げた。青々とした空に浮かぶ白い雲。ゆったりと流れるその景色はいつもと同じ。違うのはここがダンフリーズ国の中心であり、象徴である城内だということだった。


「あのぶどうジュース美味しかったなぁ。スチュアートに作ってもらおうかなぁ」


いつもはオレンジジュースやりんごジュースばかりなので、たまには違うジュースを飲むのは新鮮でいいのかもしれない。帰ったらスチュアートと一緒に村へ行ってぶどうを買って作ってもらおう、うん。


「……これで攻略キャラとはほとんど会ったことになるのよね」


レオン、ラルフ、ラインハルト、クロード。彼らとは出会ってしまった。レオンはまぁ父親同士が知り合いなので仕方がないのかもしれないが、ラルフとラインハルトとクロードに至っては、オルドフィールドでもないのに出会ってしまった。

ゲーム内でカーラが彼らと知り合いだったという描写はないはずだけれど、これはどうしてだろう。何かイレギュラーなことが発生している? だから子供のうちから出会ってしまっているのだろうか。だとしたらイレギュラーなこととはなんだろう。何か思い当たることがないか考えてみるがまるで思いつかなかった。


「イレギュラーかぁ」

「イレギュラー?」

「うん、だからきっと修正される力が変なところに働いて……え」


独り言だったはずの私はいつの間にか会話をしていた。誰だと振り返ると一瞬誰か分からなかったけれど、変装をしたレオンだと思い出した。


「えっと、レニー?」

「うん、そうだよ」


どうやら名前はそれで合っているようだった。服装も先程の正装とは違っている。どうやら彼は架空貴族のご子息としてここにいるらしい。それならば私もそのように接しなければと拳を握った。


「抜けてきて平気だったの?」

「うん。父上に呼ばれたということで抜けたから」

「おじさまを使ったのね」

「本当に呼ばれたんだよ?」

「あら、そうなの?」

「カーラと話したいからって相談したら協力してくれたんだ」


片目を閉じて茶目っ気たっぷりに微笑むアレクおじさまを想像して苦笑した。しかしレオンとお話しする機会を作ってくれたのはアレクおじさまなので、心の中でお礼を述べることにする。ありがとうございます、アレクおじさま。


「それで、イレギュラーって何のこと?」


純粋無垢な真っすぐな視線に、うっと言葉を詰まらせる。そういえばレオンに聞かれていたんだった。なんて誤魔化そうか考えるがうまく頭が働かなくて。視線をさ迷わせて明らか動揺している私に、彼は首を捻って言葉を待っていた。


「えっと、あの、初めてのダンスパーティーで、色んな方とお話しできたなって思って」

「それがイレギュラーなことなの?」

「ほら、普段はお屋敷に籠っているから同年代の方々とお話しする機会ってなくて……あ、もちろんレニーは別よ?」

「同年代、か」


先程の言い方だとレオンに嫌な思いをさせてしまったかと弁明をしたのだが、彼は同年代という言葉に何か思うところがあったのか、考え込んでしまった。


「レニー?」

「あ、うん、ごめん。なんでもないよ」

「そう?」


それ以上追及しても無駄だろうと判断したので深追いはしない。私としては話題が逸れたことの方が嬉しかったからだ。変なことを口走ってレオンに変な目で見られるのは避けたかった。だって友達に避けられたら泣いてしまうから。うん、泣く。絶対に泣く。


「レオンに嫌われたくない……」

「え?」

「ううん、なんでもないの」


思わずレオンの名前を出してしまったけれど、私たちの周りには誰もいないので聞かれていないと思いたい。不思議そうなレオンに首を振って、私はブレスレットにそっと触れたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る