(28)
グラスを傾けながら、ちらりとクロードを盗み見る。その表情は窺い知れないが、風になびく黒髪は私を懐かしい気分にさせた。
(この世界には黒髪ってあまりいないものね)
前世では馴染み深かった髪色はこの世界ではとても珍しい。特にクロードのように漆黒はいないので、彼もまた幼少期に辛い思いをしてきたとゲーム内で話していた。
「私は黒髪って好きなんだけどなぁ」
そう心の中で呟いたつもりだった。しかしその言葉は普通に口に出ていたようで、ぐるんとこちらを向いたクロードとばっちり目が合ってしまった。
(や、やっちゃった……!)
空いてる方の手で口を塞ぐが後の祭りで。慌てふためく私をクロードはじっと見つめていた。
「ち、違うのですクロード様! 今のは深い意味などなく……」
「何故僕の名を?」
「あっ」
だめだ、これ以上話すとボロが出る。そう思った私は視線をさまよわせつつも口を噤んだ。しかしクロード様は何かを悟ったように嘆息する。
「知らないわけない、か」
「え?」
「僕の黒髪は有名ですからね。初対面の方が名前を知っていても不思議ではありません」
違う。私はあなたの将来の姿まで知ってます。なんて言ったら変人扱いというよりもおかしな奴だと捕えられてしまうかもしれない。もちろんアレクおじさまが私に対してそんなことをするとは思わない。思わないが、おじさまではなく周りの人がそうするかもしれないので口が裂けても言うわけにはいかなかった。
「……黒は、嫌いだ」
ふっと視線を外したクロードはその表情を曇らせる。誰かに言われた嫌なことでも思い出したのだろうか。それが一瞬レオンと重なった。悲しそうに、辛そうに。話してくれたあの頃のレオンと。だからだろうか。私は思わず立ち上がり、彼の頭へと手を伸ばしていた。
「…………は?」
「あ、も、申し訳ございません!」
嫌そうに、というよりかはただただ驚愕したクロードが声を上げた。それに我に返った私は慌てて手を引っこめる。あぁ、私はなんてことをしたんだ。自分よりも上の立場であり、オルドフィールドでも優等生になるクロードに対して頭なでなでをするだなんて!
「その、クロード様が知り合いと重なって思わず撫でてしまったといいますか、そのつやつやな髪が触りたくなったといいますか……」
「……なんだ、それは」
怒られる。そう思ったのだが、私の考えに反してクロードは小さく笑っていた。その笑い方は幼い子供のそれで。大人びている彼とは似つかない、けれどなんだかしっくりくる笑い方だった。
「君、名前は?」
「名前?」
「もしや “名前” を知らないのか?」
「いいえ! そういうことではありません!」
まだ会って十数分だというのに私を馬鹿認定するのはやめていただきたい。名前の意味ぐらい分かってる。私はそこまで馬鹿ではない!
「カーラ・マルサスです!」
「そうか」
ふっ、と短く笑ったクロードに、私は頬を膨らませた。
「レディーが名乗ったらあなたも名乗るのが普通ではないのですか!?」
「レディー?」
「……っ!!」
なんなんだこの人は。子供の頃からこういう性格なのか。人をからかって楽しそうにしてるだなんていい性格をしている。まだ残っているオレンジジュースを飲み干して、私はくるりと背を向けた。もういい、これ以上話していると更に馬鹿にされる気がする。そう思ってバルコニーを後にしようとする私の背中目掛けて彼が声を掛けてきたのでゆっくりと振り返った。
「僕はクロード・モルメックだ」
「知ってます!」
「あぁ、そうだな」
もちろん知ってるのはゲームをやったからだ。他のキャラの名前だって “覚えて” いる。しかし彼は違う意味で私が知ってると思ったことだろう。その黒髪のために、名前を知っているのだと。
「……先程、ぽろっと言ってしまいましたけれど、私は黒髪は好きです」
「は?」
「そういう人もいるということをお忘れなく」
少しは嫌味になっただろうか。なんて思いながらふんっと鼻を鳴らしたのと同時にダンスホールが沸いた。閉まっているはずなのにバルコニーにまで聞こえてくる女性の歓声に、私達の視線はダンスホールへと向けられる。
着飾ったご令嬢達が誰かを取り囲んでいるようだった。その中心人物はラインハルトかと一瞬考えたが、その隙間から見えたその人はラインハルトではなくて。
初めて見る、正装したレオンだったのだ。
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