(26)



馬車から降りた私は、その聳え立つお城に目を奪われた。ゲームのスチルに出てきたのでそれで知ったつもりになっていたけれど実際に見ると全く違っていて。このお城を目の前にしていると、自分がいかにちっぽけな存在か思い知らされた。


「どうしたカーラ」

「……大きなお城に驚いてしまって」

「そうか、お前は城に来るのは初めてだったな」

「はい」


急に不安になる。私のような者がこのお城に足を踏み入れていいのか。このお城に住む王太子殿下と友達でいていいのか。足が震え、その場に立ち止まってしまった私を見てお父様がふっと息を吐き出した。


「大丈夫だカーラ。今のお前はそこら辺の令嬢に見劣りしないぐらいだぞ」


珍しい。お父様がそんなことを言うなんて。驚きに目を見開いてお父様を見上げると、お父様は目を細めて私を見ていた。


「本当に、大きくなったな」

「お父様?」

「いや、なんでもない」


こほん、と咳払いを一つ。お父様が何を言ったのかは聞き取れなかったが、咳払いをして誤魔化しているということは照れるようなことを言ったのだろう。


(少しだけ、楽になったわね)


冷たくなっていた指先に温かさがじんわりと戻ってきた。大丈夫。私はもう立派なレディーなのだから、と拳を握る。屋敷を出る前にスチュアートに言われた言葉を思い出してみる。


『お嬢様はもう立派なレディーですよ』


普段笑うことの少ないスチュアートが私に微笑んでくれたのだ。自信を持て、大丈夫、上手くやれる。


「……参りましょう、お父様」

「あぁ」


しゃんと背筋を伸ばして、私はお父様と共に歩みを進めた。











お城の方(恐らく使用人)がお父様を見て、胸に手を当てて頭を下げた。


「お待ちしておりました、ジェド子爵」

「今日はよろしく頼む」

「ええ、仰せつかっております」


なんだか含みのある会話だなぁ、と思いながらその人を見ていると、視線がお父様から私に移った。別に嫌な視線ではなくて、ただ突然だったので驚いてしまった。


「ようこそおいでくださいました、カーラ様」

「ほ、本日はよろしくお願いいたします」

「はい」


噛んでしまったのはこの際忘れよう。そうでないとダンスに表れてしまいそうだったから。私は誰にもバレないようにそっと息を吐いた。


「では、ジェド子爵、カーラ様。中にお入りくださいませ」


その言葉と共に、とても大きなドアが開かれた。中にあったのはゲームのスチルとは比べ物にならない程の煌びやかさだった。至る所に貴族がいて、オーケストラの音楽が流れていて、皆が楽しそうにダンスなり談笑なり楽しんでいた。思わずたじろぐ私の背中に、お父様の大きな手がそっと添えられた。


「カーラ、入りなさい」

「は、はい」


優しくてあたたかい声音に安心した私は、ゆっくりと足を動かす。何人かの方が私を見ていたけれど、それを気にする余裕もない程に今の私は緊張していたのだ。


「やぁ、ジェド」


中に入ってすぐ、お父様に声を掛けてきた方がいた。鼻の下にヒゲを生やし、少し長い髪を襟足で結んでいる男性はカラカラと笑っている。お父様を呼び捨てにするということは仲のいい間柄なのだろうか。


「これは、マックロー伯爵。ご無沙汰しております」

「ジェドがこのような場にいるのは珍しいな」

「本日は娘の付き添いです」

「おや?」


マックロー伯爵と呼ばれた男性が私に視線を向ける。私は練習をした通り、そして今まで通り、ドレスの裾を持って腰を落とした。


「カーラ・マルサスと申します」

「ほぉ、ジェドにこんな可愛い娘さんがいたとはな」


にっこり、伯爵が微笑む。私はどう反応していいか迷ったものの、同じように微笑み返した。


「そうだジェド、お前に聞きたいことがあるんだが」

「ここに来てまで仕事の話ですか」

「まぁそう言うなって。カーラ、こいつを借りていってもいいかな?」

「もちろんでございます」

「すまんな」

「カーラ、すぐに戻る」

「はい」


伯爵はガシッとお父様の肩を抱いて歩き出した。どうやら伯爵は随分と豪快な性格なようで。周りの目も気にせず大声で『いやぁ、本当に久しぶりだな。元気だったか?』なんて言っていた。これはしばらく帰ってこられないのでは? と思った私は、さてどうしようかとぐるりと辺りを見渡した。

それぞれグループが出来上がっているようだし、その中に混ざる勇気は持ち合わせていない。これは壁の花になるしかないな、なんて自嘲して振り返った時、誰かにぶつかってしまった。


「きゃっ、も、申し訳ございません!」


ぶつかった鼻を押さえつつ、その人に頭を下げた。もう少し周りに目を配るべきだったと反省をする。立派なレディーはどこにいったのだ私よ。


「私よりあなたはお怪我はございませんか?」

「は、はい。大丈夫でございま、すっ!?」


思わず語尾が上がる。だって予想外の人物が目の前にいたからだ。


「それはなによりです」


ふわり、微笑んだその人の眩しさに思わず目を細めた。この顔、そのまんまじゃない。指先にキスの攻略キャラの一人、ラインハルト・ブランズ。ブランズ公爵のご子息で、柔らかい物腰に多くの女性が虜になる彼はモテにモテまくってレオンに次ぐ人気があり、オルドフィールドではファンクラブも存在することになる。そんな彼を見て私はとあることに気がついてしまった。そうか、このダンスパーティーは攻略キャラが揃うんだ。だって王族主催のダンスパーティーだもんね、そりゃそうだ。


(みんなの幼少期を拝めるなんて、なんてラッキー!)


なんて浅はかなことを考えた私は、とりあえず目の前のラインハルトに挨拶をすることにした。

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