(9)



それからしばらくレオンとお散歩をし、私はスチュアートに頼んで紅茶を持ってきてもらった。

芝生の上にマットを敷いて座り、スチュアートが用意した紅茶を飲む。部屋の中とは違って、今度はきちんと味わうことが出来ていた。


「外でこういう風にお茶をするのは初めてだよ」

「青空の下で紅茶を楽しむのもいいでしょ」

「うん、そうだね」


短時間でここまで仲良くなってしまうのは子供ゆえなのかもしれない。楽しそうに、そして美味しそうにカップを傾けるレオンは、私と違ってやはり品がある。王太子である彼とこのような関係になるのは驚きだが、それならゲーム内でカーラがなかなか幼馴染みの正体を明かさなかったのも頷ける。


(でもレオンルートにそのようなシーンは出てこなかったと思うけど)


もちろんレオンルートは既プレイだ。転入してすぐ、なかなか学園に馴染めないシルヴィアが見つけたのは、人の気配がまるでない中庭だった。大きな木の幹に腰を下ろし、目を閉じてざわつく心を落ち着かせていると『あれ? 先客、ですね』とレオンが現れる。これが彼女らのファーストコンタクトだった。


「……あの、カーラ」

「え?」

「あまり顔を見ないでほしい、かな」


記憶を呼び起こそうと考えるあまり、どうやら無意識にレオンの顔をじっと見つめていたようだった。私は『ごめんなさい』と言いつつも、彼の整った顔から目を逸らさずにいた。


「レオンの瞳、すごく綺麗だね」


透き通るような琥珀色の瞳を間近で見るのはもちろん初めてで。羨ましいとさえ思う。だって私の瞳は、色素は薄いものの一般的な茶色だから。


「いいなぁ、私も琥珀色がよかったなぁ」

「……いい事なんて何もないよ」

「なんで? それも誰かに言われたの?」

「うん、まぁ……」


言いにくそうに、けれどゆっくりと頷いたレオンに胃が痛くなる。


「こんなに綺麗な瞳なのに。だって私の瞳を見てよ。ただの色素の薄い茶色でしょ?」

「わっ、カ、カーラ、近いよ」


レオンが見やすいようにと顔を近づけたが、彼は瞬時に顔を背けてしまう。しまった、距離を縮めすぎたか、と少し反省をして顔を引っ込めた。


「あっ! 分かった! なら、大人に何か言われた分だけ私がレオンの瞳を褒めてあげる」

「……え?」

「そうすれば相殺されるでしょ? いえ、相殺ではダメね。なら言われた分以上に私が褒めてあげる。どう?」


我ながらいい考えかもしれない。そうすればレオンも傷つかなくて済むのではないか。

ふふんと鼻を鳴らして胸を張る私に、レオンはぱちくりと目を瞬かせる。そして先程のように吹き出した。


「ふふっ、うん、ありがとう。なら言われた回数でも数えておこうかな」

「そうしておいてね」


少しでも彼の心が軽くなればいいと、この時は必死だったのだ──……。











「ただいま戻りました」


レオンと紅茶を楽しみ、応接間へと戻ると “大人の話” が終わったらしいお父様方が出迎えてくれた。


「やぁ、おかえり。おや、レオン。その花は……」

「母上の好きなスノーフレークです。カーラが摘んでくれました」

「リボンは上手く結べなかったけれど」


子供の指ではなかなかに難しい……というか、単に私が不器用なだけなのだが。しかしレオンはそれを直すことはなく、やんわりと首を横に振った。


「そんなことないよ。ありがとう、カーラ」

「えへへ」


そんな私達のやりとりを見たお父様方が目を見開く。うん、分かる。分かりますとも。『いつの間にそんなに仲良くなったんだい?』と言いたいんですよね、うん。私だってこんなにすぐ仲良くなれると思わなかったけれど、仲良くなってしまったのだから仕方がない。


「そうか、それならやはりあの話は進めないと」

「アレク、私はまだ許可してないぞ」

「はいはい」


それがなんの話なのか分からないレオンと私は、お互いに首を傾げた。なんの話をしていたのか気にならないと言ったら嘘になるが、私達に話さないということはまだ時期ではないということなのか。

話の文脈的に私達に関係しそうだけど突っ込むことはしない。そこはかとなく嫌な予感もするからだ。


「さて、そろそろ行こうか、レオン」


アレクおじさまはソファから立ち上がり、遅れて立ち上がったお父様と軽く握手を交わす。そして私達の前にしゃがんで、レオンと私の頭に手を置いた。


「カーラ。この子と友達になってくれてありがとう」

「いいえ、おじさま。レオンがお友達になってくださったんです」


最初に心を開いてくれたのはレオンが先で、親しく呼びかけてくれたのもレオンが先だった。私はそれに応えただけなのだ。


「ありがとう、レオン」

「……っ、そんな、ぼくの方こそ」


恥ずかしそうに視線を逸らすレオンに自然と笑みがこぼれる。私の初めてのお友達は随分と可愛らしいお方だ。


「お手紙を書いてもいいかしら」

「うん、でも最初はぼくが送るね」

「わ、ありがとう!」

「では、また遊びに来るよ」


私はお部屋まで。アレクおじさまとレオンに手を振って、また会える日を心待ちにするのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る