(8)



ちらり、横目で隣を歩くレオン様を見やる。私達は今、中庭をお散歩していた。というのも、アレクおじさまとお父様が『ここから先は大人の話があるから君達は散歩でもしてきなさい』と言ったからだ。確かに大人の会話に子供が混ざるわけにはいかないと、レオン様と一緒に部屋を出たのはいいのだけれど……。


(か、会話がない!)


初めのうちは私から話しかけていたのだが、返ってくる言葉は『はい』など短いもので、すぐに会話が終了してしまうのだった。

どうしようかなぁ、なんて考えながら共に歩いていると、レオン様がその足を止め、じーっと花壇を覗き込んでいた。


「何か気になるお花でもありましたか?」

「…………」


レオン様は無言で頷く。指さした先に咲いていたのは、先日アゼルが持ってきてくれたものと同じ、スノーフレークだった。


「可愛らしいお花ですよね」

「……母上、が」

「王妃様?」

「母上が好きな花なのです」


そう言ったレオン様のお顔はとても柔らかい。確か王妃様は病弱で、お部屋からあまり出られないとレオン様がシルヴィアに告げるシーンがあった。だから私は知っているが、王族以外には知られていない話なので、私が安易に口に出せる話題でもない。なので当たり障りのないよう気をつけながら言葉を紡いでいった。


「スノーフレークの花言葉は『純粋』、『皆をひきつける魅力』なのだと母上に教わりました」

「素敵な花言葉ですね」


ぽつりぽつりと話してくれるレオン様に、私は胸を撫で下ろす。少しだけ心を開いてくれたと思っていいのだろうか。


「あ、レオン様。それならこのお花をお持ちになってはいかがですか?」

「え?」

「私の家のスノーフレークで申し訳ないのですが……」


近くで私達を見ていたスチュアートに声を掛けてハサミを持ってきてもらった。

ハサミでスノーフレーク数本の茎を切り、スチュアートに魔法で切り口が乾かないようにしてもらう。あとは何か飾り付けをと考えた私は、髪に付けていたリボンを解き、それをぐるりと巻き付けた。


「どうぞ、レオン様」

「いいんですか?」

「もちろんです」


一瞬躊躇いを見せたレオン様だったが、嬉しそうに受け取ってくれた。よかった、笑ってくれた。それだけで今日は収穫だ。


「……あなたは怖くないのですか?」

「え?」

「ぼくのことが」


レオン様がなんでそんなことを言うのか全く分からなくて首を捻る。怖いだなんて全然思わない。恥ずかしがり屋で、お母さん思いの優しい男の子という印象しかない。そんな私にレオン様の方が目をぱちくりと瞬かせた。


「本当に怖くないのですね」

「はい、全く」

「……そうですか」


先程と同じ、優しい視線で私を見つめ返すレオン様に心臓が一瞬跳ねた。さすがは王道攻略対象。パッケージに大きく載っているだけある。


「ぼくは普通の人よりも早く魔力が開花しました」

「あぁ、そうですよね。おかげで助かりましたもの」


レオン様がいなければ、私は今頃ぺしゃんこだったに違いない。想像するだけで体中が痛くなる気がした。


「開花が早かったため魔法も使えるようになり、今では簡単なものなら使えます」


さすが王太子だ。同い年で魔法を使える人を私はまだ知らない。まぁ友達がいないのだから仕方ないのかもしれないけれど、それを抜いても恐らくこの国にはいないだろう。


「……特異だ、と言われました」

「特異ですか?」

「父上でさえ11歳で開花しました。ぼくはそれよりも3年早い。魔力が強すぎるから、だから普通よりも早い、いずれ暴走するかもしれない、危険だ。など影で言われていたのを聞いてしまいました」


普通より早い、たったそれだけのために何故レオン様が陰口を叩かれる必要があるのだろうか。顔も名前も知らないその人達に対し、私はふつふつと怒りがこみ上げてきた。


「レオン様! そんな奴らの言葉に耳を貸してはいけません! レオン様にとってそれが普通なのです。8歳で開花し、既に魔法を使えるなんて素晴らしいじゃないですか。それに私はレオン様のおかげで助かったんです。何度も言いますけど、レオン様があの時いなければ私は死んでいました。ありがとうございました」


つい興奮してしまった私は、レオン様の両手をがっちり掴んでしまっていた。それでも離すことはしない。少しでも、私の想いが伝わってほしいと思ったからだ。


「そもそもこんな小さい子に陰口を叩くなんてどんな大人だ。私が懲らしめてやりたい。思いつく限りの仕返しをしてやりたい」

「……ふふっ」

「え」


予想外のレオン様の反応に、私はぽかーんと間抜けな顔をしてしまう。なんでレオン様は笑っているんだ? あ、まさか今の口に出てた!?


「も、申し訳ございませんレオン様。余計なことを口走ったようで……」

「いいえ、そんなことありません」


しかしレオン様はやんわりと頭を振り、そして、年相応の笑顔を浮かべた。


「ありがとう、カーラ」


凛とした声音で名前を呼ばれた瞬間、風が私達の間を駆け抜けて行った。そしてレオン様は、こほんと小さく咳払いをして、真っ直ぐと私を見据える。


「もし、カーラが良ければぼくのことを “レオン” と、気軽に呼んでほしいな。もちろん敬語はなしで」


恥ずかしそうにそんなことを言うレオン様に躊躇ってしまう。不敬ではないのか、と頭の中の私が騒ぎ出す。しかし私は、目の前にいる “同い年の少年” と仲良くしたいのだと強く思った。


「えぇ、レオン」


ぽかぽかと胸の奥が温かい。私は初めて、友達を作ることに成功したのだった。

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