(6)
どしん、という衝撃に腰の辺りをさする。もう少し上から落ちていたら歩けなくなっていたかもしれない。いや、そもそもあの木から落ちていたら死んでいた気がする。
「ねえさま……っ!」
ぐずぐずと泣きながら抱きついて来たアゼルの背中を優しく撫でる。私のせいで可愛い弟を泣かせてしまったのだ。反省をしなければならない。
「カーラ! まったくお前は! 元気になったばかりなのにまた寝込むつもりか!」
「ご、ごめんなさい」
お父様の言うことはもっともで。流行病で生死の淵をさ迷っていたのに今度は落下死するところだった。しゅん、と落ち込む私の腕の中で仔猫が小さく鳴いた。それに気づいたお父様は口を噤んで、代わりに深く息を吐き出した。
「お前だけでどうにかしようとするのではなく、今度からは大人を呼びなさい」
「はい……」
「それよりもカーラの怪我を治そうか」
お父様とは別の低い声に、やっとその存在に気づいた。声の方向へ目を向けると、見覚えのある顔が優しく微笑んでいた。
「アレクおじさま!」
「やぁ、カーラ。今日はいつも以上におてんばだね」
アレクおじさまはお父様のご学友。時折遊びに来ては私達によくしてくれていた。どうやら気心の知れた大切なお客様とはアレクおじさまのことだったようだ。
「打ち身と擦り傷かな。他に痛いところは?」
「ないです」
「うん、分かった」
アレクおじさまの右手が私の怪我の部位に向けられた。そこから発した淡い光が徐々に傷を治していく。つまり治癒魔法。あっという間に傷もなくなり、腰の痛みも消え去った。
「ありがとうございます、おじさま」
「どういたしまして」
「すまない、アレク」
「このぐらいどうってことないよ」
ドレス以外元に戻った私は、仔猫を抱え直しながらゆっくりと立ち上がる。そしてあの子の存在を思い出した。一番にお礼を言うべきはあの子だったのに、と辺りを見渡すと、彼はアレクおじさまの後ろに隠れて此方の様子を窺っていた。
「あの……」
「……っ!」
声をかけた瞬間、ひゅんっと全身を隠してしまった男の子に再度声を掛けるべきか迷う。そんな私達を見ていたアレクおじさまが『ほら、挨拶なさい』と男の子を前に押し出した。綺麗な金色の髪が、太陽に反射してキラキラと輝き、風に揺れてさらさらとなびいていた。
「先程はありがとう! あなたのおかげで助かったわ!」
「ぼ、ぼくは何も……」
「ううん、あなたの魔法のおかげで助かったの。本当にありがとう」
彼はぱちくりと目を瞬かせてすぐに俯く。どうやら極度の恥ずかしがり屋なようだ。彼の琥珀色の瞳が記憶の端に引っかかったが、まずは自己紹介をと口を開いた。
「私の名前はカーラ・マルサス。あなたのお名前は?」
「…………レオン・リンフォード・ダンフリーズ、です」
「レオン! よろしくね!」
レオンと名乗った男の子の手を取り、無理やり握手を交わす。金髪に琥珀色だなんて、まるでダンフリーズ国の国獣である獅子と同じだわ…………ちょっと待って、先程レオンはなんて言った?
「ダンフリーズ……?」
「は、はい」
「レオン・リンフォード・ダンフリーズ……?」
「一瞬で名前を覚えるなんてさすがはカーラだね」
アレクおじさまが何か言っているがそれは今の私にとって重要ではないので無視させていただく。
そうだ、金髪に琥珀色の瞳。私の記憶の端に引っかかった正体が分かった。
「王太子殿下!?」
指先にキスの攻略キャラであり、パッケージにも大きく載っている人物。その王太子が何故こんな辺鄙な田舎にいるの!?
そして私はふと、アレクおじさまを見上げた。彼は可笑しそうににこにことしている。それで確信した。確信してしまったのだ。
「…………アレクシス国王陛下」
「あ、バレちゃった」
何故、何故私は気づかなかったのだ。アレクと半分まで名前が出ていたじゃないか。それなのに何故気づかない!
「むしろ何故今まで気づかなかったのだ」
呆れたように息を吐き、私が考えていたのと同じことを口にするお父様に視線を向ける。むしろ何故言ってくださらなかったのですかお父様。私は国王陛下を気安く “アレクおじさま” と呼んでしまっていたではないですか。
「…………ちょっと休憩がしたいです」
一気になだれ込んできたその情報に、私の小さな脳みそは限界を迎えたので、一先ず屋敷の中へ戻ることにした。
そんな状況も分からない仔猫は、腕の中で可愛らしく鳴いたのだった。
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