その求愛、考え直していただけませんか!?

ちゆき

第1部(1)



ガツン、とまるで鈍器で殴られたかのような衝撃だった。


流行病で床に伏せていた私に、記憶の波が勢いよく押し寄せてきたのだ。


今の自分ではない、私の、前世の記憶が──……。











ぱちり、と目を開ける。ぼやけた視界に入ってきたのは見慣れた天井。あぁ、夢を見ていたとぼんやり考える。残業続きの疲れた体は言うことを聞かなくて、つい足を滑らせてしまったのだ。何度も何度も転がり落ち、全身が激しく痛み、そして頭を地面に打ち付けて記憶が途切れた。


(でもこうして生きているんだもの。不幸中の幸いというやつね)


はぁ、と長めの息を吐き出して、額に張り付いた髪を払いのける。その時に見えた自分の手に違和感を覚えた。


(ん? なんか、手が小さくなった?)


まだ覚醒しない頭ではよく分からない。ゆっくりと体を起こし、そして鏡がある方へ顔を動かして自分の姿を見た。


「…………え」


くりんくりんの栗色の髪。小さな頭、細い首、色素の薄い瞳、ぷっくりとした唇。その全てが〝私″ ではなく “私” でもあった。


「きゃあああ!!」


布団を引き上げ、思わず大声を上げてしまう。自分の想像していた姿ではない自分が鏡に映ったからである。そして大声を上げたすぐ後、部屋のドアが勢いよく開かれた。


「どうしたカーラ!!」


部屋に入ってきたのは知らない男の人で、私の父親でもある。あぁ、もう! ややこしいな私の記憶!


「だ、大丈夫ですお父様。少し、その、お、お腹が空きまして」

「……お前はお腹が空いたら悲鳴を上げるのか?」


何言ってんだこいつとでも言いたげなお父様に引き攣った笑みを浮かべる。そうよね、うん、私もそう思う。

しかしお父様は私の体の下に手を滑らせ、ゆっくりと体を横たわらせた。


「病み上がりなのだからもう少し寝ていなさい。食事は消化にいいものでも用意させるから」

「はい、お父様」

「……本当に良かった」


お父様は私の前髪をそっと払い、そこに口付けた。あぁ、そうだった。私は流行病のせいで倒れたんだった。お父様の目の下にあるクマが、私を心配していたことを示している。


「お父様」

「なんだい?」


ごめんなさい、と言おうとしてやめる。違う、今お父様に掛けるべき言葉はそれではないのだと察したからだ。


「ありがとうございます」

「……あぁ」


私の大好きなお父様の手が頭を撫でてくれた。そうだ、この人は知らない人ではない。私の大好きなお父様ではないか。そして布団を掛け直してくれたお父様が静かに部屋を出ていった。私はそれを目で追いながら、自分のこの状況を整理することにした。


そう、私は “カーラ・マルサス” だ。子爵であるお父様の長女で、2つ下の弟がいる。暮らしは裕福とはいえないけれど生活には困らないし、なんとかやっていってる。それにここは私の前世とは違って魔法で溢れていた。私はまだ上手く使えないけれど、お父様もお母様も、そして使用人も。大人になればきちんと使えるのだ。

まぁそのためには学校に行かなければならない。領地内にある小さな学校。そこはお父様が建てたもので、村の子供達にもしっかりと魔法を習わせたいとして無料で開放している。私も将来はそこに通う予定だ。


(王都に憧れていないわけではないけど、お金がかかるものね)


王都にあるオルドフィールド学園。王族や上位貴族が通う魔法学校は誰もが憧れる場所で。そこの特待生を狙ってもいいのだが、まぁ私には無理だろうな。

オルドフィールドに入学してしまえば将来は安泰。なので私のような中流貴族がこぞって特待生枠を狙いに来る。そのため倍率は異様な程高く、熾烈な争いが繰り広げられるのだ。


(そんな所に身を置くよりも、私は領地の学校でひっそりと魔法を勉強した方がいいわ)


なんて呑気に考えていた私だが、ここではたと気づいてしまう。え、待って、カーラといい、オルドフィールドといい、どこかで聞いたことがある。もちろんそれは前世での話。そう、あれは確か……。


「 “指先にキス” 」


私が大好きな乙女ゲーム。そこに出てくる名前と同じなのだ。


「カーラ・マルサス……カーラ、カーラ……」


そして自分の乙女ゲームとしてのポジションも思い出した。主人公でもなく、悪役令嬢でもなく、そう、私は……。


「モブキャラだ!!」


お菓子を作るのと食べるのが大好き、ふわふわ栗毛のモブキャラだったのだ。

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