40話 絶望の色
ミコトとウォタが相対して睨み合っている。
その様子を、イノチ、アキンド、メイの三人がジッと見つめていた。
ミコトと融合しているゼンが小さく語りかける。
『ミコト…油断するなよ。』
「うん…でも、どうやってウォタさんを止めようかな。」
視線はウォタから話すことはないが、悩むようにそうこぼすミコトに、ゼンが一つ提案を投げかけた。
『それなんだがな…ウォタの戦い方には一つ特徴があるんだ。』
「…特徴?」
『あぁ…覚醒体になっても変わらないものがあるのはわかるか?』
ゼンの問いかけにミコトは小さくうなずく。
「尻尾…だよね?」
『そうだ。人型であっても奴は尻尾を使って攻撃を組み立てている。確かにあの尻尾は強力な一撃を繰り出せるが、防がれて掴まれればどうなる?』
「そうか…背後を取られて…」
ゼンはミコトの中でうなずいた。
『口で言うのは簡単だがな。それ以外の攻撃も一つ一つの威力は重いし、遠心力を利用して繰り出す尻尾からの一撃はそれらの比ではない。茨の道にはなるな。』
「そうだね。でも…」
ミコトは何かを言いかけたが、一度口を閉じ、両手で頬を挟むように叩いた。
パンッという音が鳴り響き、ゼンもイノチたちも驚いてミコトを見る。
そんな中、ミコトは一人笑顔を浮かべてこう告げた。
「でもさ、それができるのは私たちしかいないんだよね?」
『あ…あぁ…これは、覚醒体となった我らだからできることだ。普通の奴なら尻尾で吹き飛ばされて終いだ。』
驚きながらもそう同意してくれたゼンに感謝して、ミコトは目の前のウォタを見る。
依然としてゆらゆらと尻尾だけを揺らしているウォタ。
彼が今、何を感じ、何を考えているのかはわからないが、イノチのために絶対に止めてみせる。
ミコトはそう考えていた。
そして、それは自ずと融合しているゼンにも届く。
「ゼンちゃん!行くよ!」
『おう!!』
その瞬間、ミコトはウォタへと真っ直ぐに飛びかかった。
それに対して、ミコトの強さを感じてか、ウォタも初めて構えを見せる。
そして…
「『はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』」
ミコトは自身の体に真っ赤なオーラを纏った。それに合わせたように、ウォタも青いオーラを全身に発現させる。
そうして、接近した二人のオーラが混ざり合い、チリチリと反発するような音を立てたかと思えば、二人の姿が一瞬で消えた。
イノチたちも、突然二人の姿が消えたので辺りをキョロキョロと見渡してみたが見つからない。
ミコトたちはすでに音速の世界の中だった。
ミコトが繰り出した右の拳を、ウォタが左手で軽くいなし、今度はウォタが右足で蹴りを放つ。だが、ミコトはその勢いに逆らうことなく、体を回転させてウォタの蹴りをかわした。
体を回転させた勢いを利用して、ミコトは逆さのままでウォタの脳天目掛けて蹴りを放つ。
…が、ミコトの蹴りが当たる前に、ウォタも前転してそれをかわす。
そして、やられた分のお返しだと言うように、ウォタもミコトと同様に蹴りの勢いに逆らうことなく、一回転し踵落としをミコトに見舞った。
それには、さすがのミコトも避けることができず、背中にウォタの踵を食らってしまう。
大きく吹き飛ばされて砂埃を巻き上げるミコト。
だが、砂埃の中からすぐに飛び出して、ウォタへ攻撃を仕掛けていく。
イノチたちにとって、衝撃音とズガガガガッという攻防の音だけが二人の状況を把握するための唯一の手段だった。
「ミ…ミコト…って…こんなに強くなってたの?」
「そのようですな!イノチさま、今後はミコトさまを怒らせない方が良いでしょうな!」
こんな状況でも冗談を平気で言うアキンドの胆力にあきれつつ、イノチは攻防の行方を追った。
一方、ウォタと互角の攻防を繰り広げているミコトには、一つ問題が発生していた。
「ゼンちゃん…だ…大丈夫!?」
『私はな!ミコトは…?』
「大丈夫じゃないのは…ま…魔力が底をつきそうなことくらいかな…っっっっと!!」
ミコトはそう言って苦笑いを浮かべる。
『ドラゴニックフォーム』は竜種とほぼ同等の力を手に入れられるスキルである。よって、活動時の魔力消費は他のスキルとは比べ物にならない。
そして、人の魔力も無限にあるわけではない。
ミコトの魔力は、動けば動くほど大量に消費されていたのである。
今でさえ、ウォタの攻撃を凌ぐことで精一杯なのに、魔力が潰えれば、絶望的な状況に陥ることは誰にでもわかることだ。
(このままだと…まずいよ。早くウォタさんの尻尾を抑えないと…時間が…!)
ウォタと両手を掴み合い、押し合いながらも、ミコトは焦りを感じていた。だが、その焦りから生じたミコトの一瞬の隙を、ウォタは見逃さない。
ウォタが一瞬力を抜くと、ミコトはそのまま押し込む形になって前のめりになる。
「うっ…うわっ…!?」
反動を利用して驚くミコトの真下に潜り込んだウォタは、両足によってミコトの体を思い切り蹴り上げた。
「カッ…ハッ…」
みぞおちを蹴り上げられ、一瞬息ができなくなるほどの衝撃がミコトに襲いかかる…が、ウォタはその手を離すことなく、ミコトの体を引きつけ、今度は拳を繰り出した。
鈍い音がして、ミコトの体は直線を描いて地面に叩きつけられる。その衝撃によって、地面は広範囲に渡り、ひび割れ隆起していく。
陥没した地面の中心には、ダメージを受けて横たわるミコトの姿が窺えた。なんとか体を起こしているが、思ったよりもそのダメージは大きく、すぐに立ち上がることができずにいる。
そんなミコトの下にウォタは瞬時に移動すると、ミコトの胸ぐらを掴み上げて、容赦なく拳を振りかざした。
『ミコトッ!!一度回避するんだ!!』
ゼンの叫びも虚しく、ミコトはウォタに捕まったまま何度も何度も殴られ続けている。
イノチはと言うと、目の前の光景に目を疑った。
ミコトとウォタの動きが止まったことで、状況を把握することができたことまでは良かったが、目の前で繰り広げられるウォタの蛮行に、イノチは怒りを抑えられなかった。
無意識のうちに駆け出すイノチ。
「イノチさま!」
「今はダメです!」
ミコトとウォタに気を取られていたアキンドとメイは、イノチの行動に気付くのが一歩遅れてしまう。
イノチはハンドコントローラーを起動させながら、ウォタに向かって突進していた。
「ウォタァァァァ!!!お前ぇぇぇ!いい加減にしろぉぉぉぉぉ!!!!!」
それに気づいたウォタの手が止まり、その顔をイノチヘと向ける。ボロボロになったミコトを無下に手放すと、彼女は力なくその場に崩れ落ちた。
だが、ウォタはミコトのことなど構うことなく再び青いオーラを発現させると、その体をイノチヘと向ける。
そして、指を鳴らしてイノチヘと飛びかかろうと…
だが、ふと自分の背後に気配を感じたウォタは、すぐに後ろに振り向いた。
そこには、ボロボロの体のまま、ウォタを羽交締めにするミコトの姿があったのだ。
「ゆ…油断…大敵だよ…ウォタ…さん…」
痛々しい顔で力なくニヤリと笑うミコトを、ウォタは振り払おうとするが、気づけばイノチはもう目の前まで迫っている。
「さっさと!!目を覚ませよ!!このアホドラゴンがぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
そう大声で叫び、イノチはハンドコントローラーをウォタへと向けた。
薄らと輝きを放つイノチの右手が、ウォタの胸へと当たり、いくつかのコード画面やステータスウィンドウが現れた。
「おお!!これならば!!」
アキンドが期待を込めてそう叫んだ瞬間…そこには絶望の色が広がった。
「ガ…ハッ…」
「え…?イノチ…くん…?」
ミコトの目の前で、ウォタの腕に胸を貫かれ、装備と地面を真っ赤に濡らすイノチ。
「う…そ……うそ…うそうそうそ…」
貫いた腕をウォタが抜く。
そして、倒れ込むイノチの前でミコトの絶望の叫びがこだました。
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