38話 見慣れた禿げ頭
ノルデン西部、港町グリーズ。
深夜の港に一隻の船が到着した。
静かに積荷が降ろされ、待機していた馬車に積まれていく。
乗組員たちが手際よく作業を進めていく中で、それを指示する一人の男。
「大事に扱ってくださいね!ノルデン王へ献上する品もあるのですから!」
大声を出し、皆にテキパキと指示する見慣れた禿げ頭。そして、立派な口ひげと純粋さを体現したかのようなつぶらな瞳。
彼の名はアキンド。
ジパン国イセの街で商人をしている男である。
彼は今、ジパンからノルデンへの交易品を運んでいる最中であり、海路を終え、これから陸路により首都ルハラを目指すところだった。
各国における特産品などの定期交易品は、基本的にジパン国を経由して各国へと届けられる。カルモウ家はその流通を請け負い、各国の輸送を担ってもいるのだ。
「アキンドさま、全ての荷を積み終わりました!」
隊員の一人がアキンドへとそう告げると、彼は満足げにうなずいて大きく声を張り上げる。
「そうですか!ありがとうございます!では、各グループに分かれて、首都ルハラを目指しましょう!」
「「「「ハッ!」」」」
アキンドの言葉を合図に、綺麗に揃えられた商隊は港町グリーズを後にした。
「イノチさま、そろそろ良いですよ。」
荷台にいたアキンドが大きな積荷の一つに声をかけると、ガタガタと音を立てて蓋が開き、中からイノチ、フレデリカ、アレックス、メイ、ミコトの五人が顔を出した。
「うぇ〜体がガチガチだ…」
積荷から体を出しながら、そう大きく息を吐くイノチとそれにうなずくミコト。
「まぁ、5日もこの中でしたからね。」
後から出てきたフレデリカは首をコキコキと鳴らしおり、アレックスも大きく背伸びをしている。
だが、メイだけはまるで何事もなかったかのように、皆の身の回りの準備を始めていた。
「メイさん…せっかく外に出れたんだから、ゆっくりしていいよ。」
見兼ねたイノチはそう告げるが、メイは手を止めることなくそれに答える。
「いえ、エレナさまを救出するために、皆さまには万全でいて頂かなくてはなりません。まずは体を癒すお茶をお入れしましたのでどうぞ…」
「あ…ありがとう…でも、メイさんも疲れてるだろ?無理はしなくていいよ。」
テキパキとした動作で皆に湯呑みを配っていくメイに、イノチはそう告げるが…
「ドメイ一族はこういったことに慣れているのですよ。暗殺を生業とする一族ですからね。様々な状況下でも常に動けるように訓練しているのです。」
一番最後にメイから湯呑みを受け取ったアキンドが、静かにそう告げてゆっくりとお茶をすする。
イノチたちもそれにつられて湯呑みを口にした。
「ん…これ、うまいな。」
「本当だね。美味しい…」
「本当ですわ…程よい甘さで…」
「ホッとする暖かさ♪」
ホッとしている四人の顔を見たメイは、小さくクスリと笑う。そして、それを見ていたアキンドも、誰にも気づかれないように笑った。
「ところで…これからどうするのです?」
一息ついたところでフレデリカが尋ねると、イノチは空になった湯呑みをメイに渡してゆっくりと話し始めた。
「まずは首都ルハラを目指す。エレナの家、ランドール家は男爵家で、管轄の領地は首都のすぐ隣にあるらしいからな。ルハラでランドール家の情報を集めて、チャンスをうかがう…」
「相手の戦力は兄のアルス、それとエレナの父クリス=ランドールだと聞いていますわ。ならば、その二人の動きを確認しましょう。」
「そうだな…だが、周りにも警戒しないといけない。俺と同じプレイヤーだっているだろうし…ルハラでは二人一組で動くつもりだけど、みんな無理は絶対しないこと。」
その言葉にミコトもうなずいて口を開く。
「…私は本人に会っていないけど、エレナさんのお兄さんは相当強いんだよね…」
「ですわね…もし、我々がこの国にいることがアルスにバレれば、おそらくですが…奴は真っ先に殺りに来るでしょうから…」
その言葉に一同は無言となった。
特にアルスの強さを知っているメンバーの表情は暗い。
だが、そこで沈黙を破ったのは他でもないアキンドだった。
「まぁまぁ…皆さま、そう悲観することはないでしょう!」
軽快な言葉に一同はアキンドに視線を向ける。
そんな彼は笑顔で、そして自信げにこう答えた。
「なんたって、我らにはイノチさまがいますからね!!」
「え…?」
その言葉に一番驚いたのはもちろんイノチだ。
しかし、アキンドのイノチ褒めは止まらない。
「ランドール家は確かに強く、恐ろしい!!だが、イノチさまならばエレナさまを確実に助け出し、全てを解決してくださることでしょうぞ!!ハッハッハッハッ!」
「あ…あのぉ…アキンド…さん…?」
イノチの気も知らず、アキンドは満足したように大きく笑っており、それにつられてフレデリカ、アレックス、ミコト、そしてメイまでもがクスクスと笑いを堪えている。
イノチだけが、アキンドに無茶振りされて困惑し、大きくため息をついた。
「はぁ…だけど、アキンドさんの言う通りだな。悪いことばかり想像しても良くないし、ここからはポジティブに行こうぜ!」
イノチの言葉に一同は大きくうなずいたが、そこで突然馬車が停車した。
「なんでしょう…まだ数刻ほどしか進んでいないというのに…ちょっと見て参りましょう。」
アキンドがそう告げて立ち上がったところで、隊員の一人が報告に訪れる。
「アキンドさま…!」
「どうかしたのですか?」
「はい。実は街道を走行中…その…突然男が現れまして…その者が道を塞いでいるのです。」
それを聞いたアキンドの顔が少し曇った。
「盗賊の類でしょうか…その者の身なりは?周りに気配はありますか?」
「それが…服装などからして、盗賊には見えないのです。周囲も警戒させておりますが、今のところその者一人だけのようで…青く長い髪を携えた男なのですが…暗いため今のところそれくらいしか確認できておりません。」
ーーー青く長い髪…?!
アキンドはまさかと思ったが、それはイノチたちも同じだった。すぐさま、イノチもその会話に加わる。
「アキンドさん…!俺が確認しに行きます!」
「イ…イノチさま…なりませぬぞ!このタイミングで彼の御方が現れるはずがない…!」
「だけど、もしも"あいつ"だとしたら…!」
イノチのそのまっすぐな瞳にアキンドはたじろいだ。
そして、仕方ないというように小さく息を吐く。
「…わかりました。ただし、私が先頭です。イノチさまは後方からご確認ください。そして、何かあればすぐに逃げること。よろしいですね?」
無言でうなずくイノチを少しの間だけ見つめていたアキンドは、目を閉じると、フレデリカたちにも目配せして荷台から降りた。
イノチがそれに続き、その後をフレデリカとアレックスが追いかける。
すると、ミコトの胸元からゼンが顔を出し、荷台から降りようとしていたフレデリカへ声をかけた。
「フレデリカ…たぶんだが、イノチの予想は当たっているよ。この気配はおかしいがな…」
フレデリカはその言葉にコクリとうなずくと、荷台から降りてイノチたちと合流する。
「こちらです。」
アキンドを先頭に、一同は隊員の案内に沿って隊列を組む馬車の間をすり抜けていく。
そして、先頭へたどり着いたところで、イノチは道を塞ぐように立ちすくむその男の姿に目を見開いた。
「ウォ…ウォタ…!」
そこに立つのは紛れもなく、仲間のウォタの姿だった。
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