2話 ようこそアクセルオンラインへ
ベッドの上にVR機を置いたまま、イノチは小一時間ほどスマホと格闘していた。
「ん〜やっぱり見当たらないなぁ…」
目の前にあるVR機について、ネットでいろいろ検索してみたが、情報は皆無だった。
イノチは諦めたようにスマホをテーブルへ置き、再び目の前のヘッドセットへと目を向ける。
「まぁしかし…ちょっとつけてみてもいいかな。」
やはりと言うか…好奇心が勝ってしまう。
イノチは手を伸ばし、VR機を持ち上げると、それをぐるりと見回してみる。特別、他のVR機と違うというわけでもなさそうだ。
しかし、ひとつ気になることはある。
「…これ、そういやヘッドセットしかないな…コントローラーも入ってなかったし、イヤーピースとかもないぞ…」
音はどこから出るのか、操作はどうやってするのかよくわからない。再度確認するように、VR機が入っていた箱を手に取り、中を見てみる。
すると、底の方に綺麗に折りたたまれた紙を見つけた。それをおもむろに取り出して、丁寧に開いていく。
「…説明書か?」
その紙にはVR機の図が描かれ、所々に説明が書かれていた。裏を見てみると制作会社の欄に『ゴッズプレイ.inc』と記載がある。
「変な名前の会社だな…聞いたことないし。」
疑問を浮かべつつも、再び表を向けて説明に目を通すと、ハード機の名前が目についた。
「フルダイブ体感型VRゲーム機…バ…バシ…なんて読むんだ…これ?」
ハード機の名前は見たことのない言語で記載されていて、読むことができなかった。イノチは訝しげな表情を浮かべつつ、説明書の他の部分に目を通していく。
「なになに…本機はフルダイブ体感型VR機です。使用方法は簡単で…ヘッドセットを頭に取り付け、ベッドなどに横になり、キーコード《リンクオン》と発すれば起動します…ふむ。」
そこまで読むと、VR機に一度目を向ける。真っ白なヘッドセットを一瞥し、再び説明書を読んでいく。
「現在プレイできるソフトは…次世代型MMORPG 《アクセルオンライン》で異世界を舞台とした大規模多人数参加型のオンラインゲームです。本機を起動すると自動でダウンロードされます…か。なんか面白そうじゃん!」
イノチはそう言うと、説明書を下に置き、ヘッドセットを取り上げる。真っ白な機体の一部に【Z】と記されていたが、特に気にも留めずそれを被り、そのままベッドに横になる。
取り付けたのはいいが、何も起動していないため、案の定、目の前には暗闇が広がっている。
「…えっと…なんだっけ?リンク…リンクオン…だったか。」
説明書の内容を思い出しながら、イノチはキーコードを口にした。
すると、それに反応するように機械音が聞こえ始める。視界の先がゆっくりと明るくなっていき、『welcome to Ba……』という文字が立体的に浮かび上がった。
「バ……へようこそ…やっぱり読めないな。」
自分の語彙力の問題か、はたまた製作者のこだわりなのか、ゲーム機の名前と同じで最後の単語は読めなかった。
そんなことを考えている内に視界は暗転し、今度はどこからともなく音楽が聞こえてくる。
「…あれ?音が聞こえる…イヤーピースとかないのに、どんな原理なんだ?骨伝導とかかな…」
疑問に思うイノチをよそに、聞いたことのあるクラシックのような音色がゆっくり流れ、その音楽に合わせるように再び視界が明るくなる。
少し眩しさを感じつつも、徐々に鮮明に広がっていく光景に、イノチは感嘆の声をあげた。
真っ白な空間。
左右上下…全方位を見渡しても、全てが白く、空と地上の境はまるでわからない。
そもそも白すぎて空すらあるのかわからないほどである。
辺りを見回しつつ、目の前にある受付台のような物に視線を向けると、そこには眼鏡をかけ、頭に輪っかを乗せた人物が座り、何やら書類に目を通しているようだった。
「…てん…し…?」
イノチは無意識に言葉をこぼした。
受付台に座っている人物は、胸から下は見えないが、頭の輪っかと金色の髪が特徴的だったためか、イノチの頭の中で『てんし』という単語が連想されたのだ。
さらに驚くのは、その天使の動きが本当にリアルなことだ。
手や体の動きはもちろん、目の動きなど全ての動きが本物にしか見えない。リアル過ぎて、本当にゲームの中なのかと思ってしまうほどだ。
その動きに目が離せないでいると、天使の方が自分を見ているイノチに気づいた。
彼?はアッと驚いた表情を浮かべると、見ていた書類を急いで片付け始める。そして、受付台の上をきれいに整えると、イノチに向かって声をかけてきた。
「ようこそ!アクセルオンラインの世界へ!!」
そう言いながら、笑顔を顔いっぱいに広げて両手を上げている天使に、少し胡散臭さを感じつつ、イノチはその言葉に反応する。
「…えっと、あなたは…?」
「私はアリエルと申します。アクセルオンラインにログインしていただいたプレイヤーへ、最初のご説明をさせていただく、いわば案内役のような者です。さっそくですが、まずは初期登録をお願いしますね。」
アリエルと名乗る天使は、かけている眼鏡を右手で整えながらそう言うと、手元に用意していた一枚の用紙を取り上げ、イノチの方へと放り投げた。
しかし、それは床に落ちることなく、まるでその天使に操られているかのように、フワフワとイノチの方へ飛んできて、目の前で止まったのだ。
イノチは現実世界では絶対に経験できないことに、興奮の色を隠せずにいた。
「すっ…すっげぇ!!どうやったの??マジでこれ、どうなってんだ?!」
鼻息を荒くして、目の前に浮かぶ用紙を突っついたり、指でなぞったりしているイノチに対して、アリエルはクスッと笑って声をかける。
「ここは現実世界とは異なる世界ですからね…今みたいなことなんかより、もっと凄い事がこの先あなたを待ち受けていますよ。」
「…もっと凄いこと…」
その言葉を聞いて手が止まったイノチは、生唾をゴクリと飲み込んだ。
それを見たアリエルは、再び小さく笑い、改めて述べる。
「ですので、まずは初期登録をお願いします。詳しい話はそれからしましょう。」
イノチは、コクコクと頭を振ってその言葉に応じることにする。目の前に浮かんでいる用紙の内容に目を向けると、それに併せてアリエルが話し始める。
「まずはプレイヤーネームです。20文字以内であれば、どんな名前でも使用できます。どうなさいますか?」
イノチは少し考える素振りを見せたが、すぐに口を開いた。
「やっぱりこれだな。…えっと"イノチ"で…片仮名で"イノチ"でお願いします。」
このプレイヤーネーム…まぁ本名なのだが、今までどんなソシャゲでも使ってきたネームであるため、もはやこれ以外のネームは違和感すら感じてしまうのだ。
「"イノチ"ですね…え〜と…」
アリエルは何やら本を開いて、目線でなぞるように調べていたが、少しするとイノチの方に向き直る。
「問題ないですね。そのネームは使用可能です。では、あなたのプレイヤーネームを"イノチ"で登録します。」
アリエルがそう告げると、目の前に浮かぶ用紙の一番上にあるプレイヤーネームの欄に"イノチ"と記されていく。
用紙にネームが記され終わると、二つ目の欄にカーソルが移動する。そして、それを確認したかのように、アリエルが話し出した。
「次は基本職を選んでいただくのですが…その前にチュートリアルにて、基本のシステムを説明しますね。」
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