最期の贖罪

雨月

プロローグ


 きっと彼は気付かない―――、そう思っていながらも女は顔を伏せた。

 


 電車は、一日の疲れや倦怠を無言で全身から放出する勤め帰りの人であふれていた。ドア脇に立つ女は、少し離れた向かいのシートに座る男を、立つ人たちの間から時折盗み見る。


 男はスマホを見るでも本を読むでもなく、ただ何かに耐えるように目を閉じ、シートに身をあずけている。


 かつての恋人を、女は二十年ぶりに見つめた。互いに四十歳になっていた。



 女は思う―――。



 ―――いつか、ひと目だけでも見たいと願っていた。自分と別れた後どんな風に生きてきたのか、幸せに暮らしているのか、二十年という歳月が流れた男の事を知りたい――と。

 そして、できるものなら………。



 だが、その日がこんな風に突然やってくるとは思ってはいなかった。



 そのまま私には気付かないで―――また女は思う。



 ただ、たとえ気付いたところで、彼が声をかけてくる事などない。


 再会を懐かしむような別れでは、なかったのだから―――。





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