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 その意味を理解するのにたっぷり5秒ほどかかった。雨郷の衝撃発言を受け入れるのにかかった時間は30秒ほどだったので、短い方だろう。なんとなく「だろうな」と思っていた解答のため、逆に呑み込むのに余分な時間がかかってしまっただけだ。


「大体僕、その頃8歳ですよ? 普通に考えてそんな子どもが高校生を殺せないですよ」


 確かに、と心の中で頷く。自分はかなり混乱していたようだ。かつての教え子は死体遺棄をしているし、その死体を発見したのは内海だというし。


「ところで……急に補習に参加するようになったのはどうして?」


 尖らせた唇に強い拒絶の意思を感じ取った俺は、話題を転換してみた。すると彼女は左手で右の二の腕を掴んで、


「別に……高校は家を出たいので、勉強頑張らないとなって」


 俯きがちに呟く。彼女は中1のときからたまにしか学校に来ておらず、このままこんなことが続けば進学も難しいだろう、と思われていた。しかしこの夏休みの半ば辺りから、彼女は毎日学校に来ては補習を受け続けている。他の科目の先生方は補習中に彼女が提出したというプリントを見て「思っていたよりも優秀な生徒だ」と目を丸くしていた。幼い頃からパソコンを扱っていたらしいし、地頭はいいのかもしれなかった。

 そんな彼女が進学を望むのならば、教師として、俺はその道を整備し、導いてやらねばならない。


「いやいや、選択肢はいっぱいある。時間もあるし、もう少し考えてみるのはどうかな。内海はさっき親から愛されていない、と言っていたけど、それは内海の勘違いかもしれないじゃないか。きちんと親御さんとも相談して……「あのさ」


 猫のような目が、さらにその目尻を釣り上げ、こちらを見つめる。


「僕は人魚じゃないよ」


 にんぎょ。思わず繰り返す。そう人魚。世海くんも繰り返した。


「先生が救いたいのは僕じゃないよね。いや、救いたかった、か。そんな先生の自己満足をさ、僕に押し付けないでよ」


 じゃ、僕、帰りますね、と彼女はベンチの下に置いておいたらしいリュックを背負い、足早に中庭を駆け抜けてゆく。太陽が一瞬強く光り、彼女を包み込む。そこに俺は確かに人魚の姿を見た。


「……俺、は」


 その先の言葉は続かなかった。全身から力が抜けている。額に手を当てると、暑さと悔しさで汗が噴き出していた。

 違うんだ、違うんだよ、と呟こうとするも、光の中の魚美を思い出しては黙り込む。嗚呼、俺はいつだって愚かだ。

 結局、空蝉は人魚を殺してなどいなかった。似た者同士はいがみ合うと言うが、あの2人の関係はきっとそれに近い。そこに友情は生まれなくとも、絆は生まれ得る。殺意などありえない。


「……あ、れ?」


 煙草のケースに伸びかけた手が、ぴたりと止まる。


「じゃあ一体、誰が人魚を殺したんだ?」




金魚……金村 賢木(終)

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