彼女と、彼女の無限ループな僕

宵野暁未 Akimi Shouno

久しぶりに目を覚ました僕に彼女は優しい

僕は随分と久しぶりに目が覚めた気がする。

ずっと薄暗いところで、無意識の底に沈んで眠っていたのだろう。


でも、目覚めることが出来た。

僕は生きていたのか。

しかも優しい瞳が僕を心配そうに見つめている。

僕は孤独じゃない。


「良かったわ。大丈夫? 動ける?」

慈愛に満ちた瞳で、彼女は僕に語り掛けた。

彼女は始終ずっと優しくて、僕の身体をあちこちさすったり、ローションのようなものを付けた柔らかい布で吹いてくれたりもした。

「どこも悪い所は無さそうで良かったわ。久しぶりだから今日はケアと確認だけね。また明日ね」


その声に安心して、僕は再び微睡みに落ちていった。



「おはよう。今日の調子はどうかしら」

僕は、彼女の優しさに包まれて目を覚ました。

彼女の声は相変わらず穏やかで優しさに満ちている。

「今日は歌を聞きたいの。久しぶりだけれど大丈夫かしら?」

勿論だよ。歌は大得意だ。

長く眠っていて暫く歌っていなかったけれど、なに大丈夫さ。


「“FLY ME TO THE MOON”がいいわ」


僕は歌った。


Fly me to the moon

(私を月に連れてって)

And let me ply among the stars

(そして遊びたいわ星達に囲まれて)

Let me see what spring is like

(春がどんなだか見せてよ)

On Jupiter and Mars

(木星と火星の上みたいな)

……


Fly me to the moon

And let me ply among the stars

Let me see what spring is like

On Jupiter and Mars

……


Fly me to the moon

And let me ply among the stars

Let me see what spring is like

On Jupiter and Mars

……


あれっ、変だな。

何故か同じところばかり歌ってしまう。

続きが歌えない。

どうしたんだろう。

彼女が大好きな歌で、数え切れないほど歌ってきたはずなのに……



彼女は悲しそうな顔をした。

ゴメンね。僕が続きを歌えずに同じところばかり歌っているせいで。


「やっぱり長いこと眠っていたからかしら」


大丈夫だよ。すぐに調子を取り戻すから。


「じゃあ、次は“Stand by Me”にするわ」


OK! それも僕の大好きな歌だ。

君の好きな歌だからね。

じゃあ、歌うよ。


When the night has come

(夜が来て)

And the land is dark

(暗くなって)

And the moon is the only light we’ll see

(月明かりしか見えなくなっても)

No, I won’t be afraid

(僕は怖くない)

Oh, I won’t be afraid

(怖くなんかないさ)

……


When the night has come

And the land is dark

And the moon is the only light we’ll see

No, I won’t be afraid

Oh, I won’t be afraid

……


あれっ、まただ。

また次の歌が出て来ない。

同じところばかり歌ってしまう。

彼女の好きな歌なのに、また彼女を悲しませてしまう。

頑張れ、僕。

頑張れば、ちゃんと続きを歌えるはずだ!


When the night has come

And the land is dark

And the moon is the only light we’ll see

No, I won’t be afraid

Oh, I won’t be afraid

……


ダメだ。やっぱり次のフレーズが歌えない。

長く眠り過ぎて、僕の頭は壊れてしまったんだろうか。

そんなの嫌だ。

頑張れ、僕!

頑張れ、僕!


Just as long as you stand, stand by me

(僕のそばに君が居る限り)

……


あ、続きが歌えた!

歌えたぞ!


Just as long as you stand, stand by me

……


Just as long as you stand, stand by me

……


あれれれれ!

また同じところしか歌えなくなった。

しかも短いぞ。


Just as long as you stand, stand by me

……


だけど、僕の一番の気持ちだ。

そうだよ、僕のそばに彼女がいる限り、君さえ居てくれるなら、僕はそれでいいんだから。


Just as long as you stand, stand by me

……


でも、やっぱり続きが歌いたいなあ。

上手く歌えなくても、嫌いにならないでくれるかい?

可愛い君、最愛の君、ずっと君のそばに居たいんだよ


Just as long as you stand, stand by me

……


なんて僕の気持ちにぴったりな歌なんだろう。

なのに僕は、グルグルグルグル同じところしか歌えない。

僕は無限ループに陥ってしまったんだろうか。

もうこのループから抜け出すことは出来なんだろうか。


Just as long as you stand, stand by me

……


Just as long as you stand, stand by me

……


「私が長く放っておいたせいかも。御免なさいね」

彼女が悲しそうな瞳で僕を見つめる。


Just as long as you stand, stand by me

……


君は悪くない。謝らないでくれよ。

眠っていたのは僕の方なのに君は優しいね。


Just as long as you stand, stand by me

……


「どこかに傷が付いちゃったのかしら」


Just as long as you stand, stand by me

……


大丈夫だってば。

すぐに調子を取り戻せるってば。


彼女が小さく呟いた。

「デジタルよりアナログのほうが脳にも身体にも良いって聞いたけれど、やっぱり長く使わないとダメなのね」


ソロライフを満喫する彼女には、何にでも話しかける癖がある。

植物にも、家電にも。


   (了)

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彼女と、彼女の無限ループな僕 宵野暁未 Akimi Shouno @natuha

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