とあるボッチなアラサー女子の休日。
ぽんぽこ@書籍発売中!!
我が家は居酒屋さん?
「ごめんね、紫愛さん。明日はちょっと急にヘルプの仕事が入っちゃって、行くの無理になっちゃった……」
金曜日のお昼休み。職場である病院の食堂で、いつも私と一緒に食べている看護師の牛尾ちゃんが申し訳なさそうに私にそう告げた。
私は特盛カツカレーの乗った特大マイスプーンを口に入れるか少し悩んだ後、それを皿に置いて彼女に答えることにした。
「仕事なら仕方がないよ~。牛尾ちゃんだって明日のおうちバーベキューを楽しみにしていたのは、みんなだって知ってるしね」
この仕事は患者さんの命を預かる仕事だし、上手く回るようにこういう調整が入るのはしょっちゅうだしね。私は気にしていないから大丈夫。
それでも優しい彼女は、そのナース服の胸部を強調させながら両手を合わせて私に謝罪している。……うん。私には無いものをお持ちでちょっと憎らしく思うけど、気にしていないったら気にしていない。
他に誘ってある人たちが居れば港町にある私の実家でバーベキューもできるだろうし、牛尾ちゃんはまた今度参加して貰おう。
私はそんな呑気なことを考えながら、牛尾ちゃんと楽しいランチタイムを過ごすのであった。
◇
「まさか、他のみんなも急用で不参加になるとは思いませんでした……」
私は実家に用意したバーベキューコンロの前で、ガックリと項垂れていた。
せっかくこの私が知り合いの料理屋さんに頼んで、オススメの魚介類や野菜なんかを教えて貰って用意したのに、まさか全員が来れなくなるとは思わなかったよ……。
とほほ、とショボくれながら、それでも私はバーベキューの準備を独りで進めていた。
ここまできたら私一人でも決行してやる。ソロキャンプならぬ、ソロ居酒屋をここに開いてやるんだから。
「よっし、それじゃあ始めますか!!」
開始の号令に答えてくれる人は居ないけれど、私はめげずに鈍色に輝くメタルマッチを手に持ち、準備を終えたコンロの前に堂々と立った。
コンロの中には炭と庭で拾った小枝。そして落ち葉を
このメタルマッチで火をつけるのはちょっとコツが居るんだけど、ライターとかで着火するよりカッコイイのだ。何よりキャンプをしている感が出て最高。
落ち葉が火花で火がつき、少しずつ燃え広がり始める。
そのうち小枝などにも燃え移り、パチパチと小気味良い音が立ってきた。
最初の立ち上がりは完璧だ。そろそろ次のステップへ移ろう!
「よしっ! それじゃあ次は……ビールだねっ!!」
私は予め準備しておいた氷入りバケツに投入しておいた、ロング缶のビールを掴み取った。
よしよし、冷えてる冷えてる!!
――パキッ、プシュッ!!
「ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……ぷはああっ!! んあぁっ、さいっっこう!! キンッキンに冷えてるわっ!」
春の陽気で暖かくなってきた今日は、まさに冷たいビールを味わうには最高の日だ。
喉元を通るシュワシュワが、準備で少し火照った私の身体を一気に爽快にさせてくれる。
え? 何かツマミになるモノを焼いてから飲み始めるんじゃないのかって?
馬鹿を言ってはいけない。だって、ソロ居酒屋だよ? 飲みたいタイミングで飲むのがオツってモンよ。
それにこの燃えてきた火を見ながらマッタリとお酒を飲むのも風情があっていいのだ。
私が1缶目を飲み終わりかけた頃、炭にも完全に火が移って落ち着いてきた。
そろそろ網を置いて焼き始めても良いころ合いだね。
「んん~、まずは貝かなぁ。ホタテとサザエでイイのがあったしね」
手の平ほどの大きさもあるホタテと、まだ生きているサザエを網の上にゴロゴロと置いていく。
そう時間も経たないうちに、貝たちから溢れだしてきた海のエキスが炭に落ちてジュワアァアァと音を立てた。もう、これだけで美味しいのがすぐに分かってしまう。
私は耐え切れず、2本目の缶ビールを開け始めた。
「よし、ホタテは殻が開き始めたね! サザエもグツグツしてきそう♪」
こうなったら、お決まりのアレを投入だ。
アレを入れないなんて私には考えられないよっ!
「そお~っと、こぼれないように。ゆっくり、そう~っと♪」
タラリ、と私は手に持った醤油を貝たちの隙間に垂らし入れる。
だけど既に貝のエキスでいっぱいだから、どうしてもこぼれ落ちていってしまう。
――ジュウアアアッ!
「ああああっ!! だめだめだめぇっ!! それダメなのおっ!」
炭の上に落ちて煙となって立ち上る、暴力的な香ばしい香りが私の鼻孔をこれでもかと刺激する。思わず私はその煙をオカズにしながら、右手に持ったビールをゴクゴクと飲み込む。もう、これだけでも美味しいのだ。
そうして貝が食べごろになった頃には、私は3本目のビールを空けていた。
だがこれでいい。どうせソロだから、これでいいのだ。
「さてさて、いただいちゃいますよぉ~っと」
もうお一人様の寂しさなんて、この頃には完全に吹き飛んでしまっていた。
美味しいものを食べて、美味しいビールを飲めるだけで幸せなのだ。
……正確に言えば、まだ何も食べてはいないんだけど。
そんなことは気にもせず、私は肉厚に育ったホタテの身を
「んんんん~っ!! はふっはふはふっ、おいしっ! おーいーしーいー!! ゴクゴクゴクッ!! ……ぷはあっ!」
ホタテ本来の甘さと、醤油のしょっぱさ。そして間際に入れたバターのまろやかな旨味
もう、この旨さを表現するには私の語彙力では足りない。最高だっ!!
「くっ、だが私は負けないっ! まだサザエがっ、私にはサザエさんを味わうという使命が!! ――あむっ!」
火傷をしないようにトングでサザエを皿の上に移動させ、鉄串で器用にサザエの中身をクルクルと引き出していく。
途中で切れてしまうことも無く、緑色のウロと呼ばれる部位までしっかりと取り出すことができた。そしてそれをひと思いに口の中へと放り込んで、味わうように咀嚼していく。
「うむっ、むぐむぐむぐっ! んん~っ!! び、ビールっ!! ゴクゴクッ!! んにゃあ~っ!!」
お、美味しすぎるっ!!
ウロの苦さも大好きだから、このコリコリした身と相まってビールに最高に合うんだよっ!!
これをホタテと交互に繰り返すことで延々と飲み食いできちゃう!!
「んあああ~っ、幸せだぁああ~!! 生きてて良かったよお父さん!!」
お空の上に居るであろうお父さんに向かって、生への感謝を叫ぶ。
普通の親だったらこんなオヤジ臭い娘を見たら嘆くだろうけど、同じくお酒と魚介好きだったお父さんだったらウンウンと腕を組んで頷いてくれるだろう。
それくらい、この組み合わせは美味しいのだから仕方がない。
だけど、さすがにちょっと飲むペースが早かったみたい。
酔って気持ち良くなった身体を折り畳みの椅子に預け、ウトウトとし始めてしまった。
春の暖かさが心地よく、
「うぅん……まだマグロの
パチパチと炭が焼ける音を子守歌に、私はスヤスヤと夢の世界へと旅立って行ってしまった。
◇
「やっほー、紫愛さん。仕事が早く終わったから来ちゃった! 他のみんなも来れたから……って、あれ? 寝ちゃってる?」
「あちゃー。こりゃあ珍しく酔っ払ってますね、紫愛ちゃん」
「えぇ~、俺ら昼飯楽しみに来たのに……」
「紫愛ちゃんに黙って食べちゃう? 食材、まだ余ってるみたいだし」
「「「賛成!!」」」
私が騒がしい声に気付いて目を覚ました時には、すでに私のマグロカマちゃんは見るも無残な姿にされて(綺麗に食べられて)いた。
他にも残しておいたお肉や、新鮮な野菜、隠しておいたプレミアムなお酒も軒並み空っぽだった。
そして目の前には顔を赤くして盛り上がっている友人たち。
「ちょっと~!! 私のソロ居酒屋さんだったのに~っ!!」
だけど、やっぱりみんなでワイワイと食べて飲むのが一番だよね。
私は文句を言いながらも、新しく開けた缶ビールを片手に皆の元に走っていった。
とあるボッチなアラサー女子の休日。 ぽんぽこ@書籍発売中!! @tanuki_no_hara
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