鏡の向こう側

くにすらのに

第1話

「かわいい……」


 鏡に映った自分の姿を見て自然と言葉が漏れた。

 自意識過剰でも自己陶酔でもなく、客観的に見ても絶対に可愛いと断言できる。


「写真、アップしてみようかな」


 閲覧用と化していたインスタに初めて写真をアップする気になった。

 自撮りの習慣がないので適当にスマホを掲げて斜め上からパシャリと数枚撮影する。


「やっぱかわいい」


 自然と上目遣いになったアングルは新たな魅力に気付かさせてくれた。

 まさか自分がこんなに可愛く変身できるなんて、メイクを勉強した甲斐があったというものだ。


「加工はしないでおこう」


 やり方がよくわからないのもあるけど、素の自分で勝負してみたかった。

 メイクしている時点で完全な素ではない。

 でも、科学の力を借りてありえない修正をしているわけではないので大目に見てほしい。


「ハッシュタグはどうしよう。#はじめまして とかでいいか」


 誰かに評価されたくて自撮りをアップしたものの、あまり広まりすぎてアンチに粘着されても困る。

 ゴテゴテといろいろなハッシュタグを付けるよりはまずは無難なタグで良識的なユーザーに見てもらおう。


「…………」


 アップしてから5分おきにスマホを確認しても誰からも反応がない。

 コメントはハードルが高いにしても、いいねの1つくらいは期待していたのに。


「誰からもフォローされてないからね。うん。仕方ない」


 ハッシュタグ経由で世界の誰かが見つけてくれて、そこからじんわりと拡散すると考えていただけに無反応が続くとちょっと心にくるものがある。


「……やるか」


 パソコンを立ち上げると別のメールアドレスでインスタのアカウントを作った。

 自作自演? 違うね。もう1人を自分を正当に評価するだけだ。


 頭に入っているIDを入力して、さっきアップした自撮りをパソコンの大きな画面で見つめる。


「うーん。かわいい!」


 思わず声も大きくなる。もし隣に住む幼馴染だったり、同じクラスに転入してきたり、転生した異世界で出会ったら間違いなく恋する可愛さだ。


 16年と3か月生きてきて、これまで出会った女の子の中で1番可愛いと断言できる。

 小1の時に初めて恋をしたみのりちゃん。小4の時に初めて女の子をエッチな目で見たまゆちゃん。中1の時に勘違いで告白してしまった大野さん。中3の時に塾で出会ったボーイッシュなハルさん。


 その時その時で1番可愛いと思っていた女の子達を全て過去にできるくらい、自分の女装が可愛い。


 少し伸びていた髪はきちんと整えればボブみたいだし、バカにされることが多い小柄な体型は女装のために生まれたと錯覚するくらいだ。


「もし女装姿が分離したら絶対に告白する。相手が自分でも絶対に」


 自分が自分に恋をする。

 もしかして1番平和で楽しい恋愛なんじゃないか?

 言うなればソロラブコメ。


 分身はさすがに夢がありすぎだとしても、こうして女装すれば1番可愛い女の子に出会えるし、写真を撮れば元の姿で彼女を愛でることができる。


「ふ……ふはは。ついに見つけてしまった。俺が最高に幸せになれる方法を」


 別アカウントにアップされた自撮りにいいねを押した。

 ついでに『可愛いですね。付き合いたいです』なんてコメントもしてみたり。


 そしてすぐさまスマホを手に取ると、自分で書いたコメントに返信をする。


「嬉しいです。私でよければぜひ。DMで連絡先を教えてください。っと」


 連作先も何も自分自身なので全てを知っている。

 ふと冷静さを取り戻した瞬間に虚しさが襲ってきたけど気にしない。


 それから数日、他の誰からも反応がない自撮りに対して俺だけがコメントをして、そのコメントに対して女の子として返事をし続けた。


 誰も傷付かない優しい世界。そう思っていた。

 あのコメントが付くまでは。


『この写真の人、加賀見くんだよね?』


 俺の本名を知る謎の人物。

 正確には、リアルで俺のことを知るネット上の誰か。


 加賀見なんてそう居る苗字ではないので確信を持ってコメントしているに違いない。さっきまで高鳴っていた胸の鼓動が一気に冷めていく。

 

『誰ですか? そんな人知りません』


 こんな見え透いた言い訳で相手が引いてくれるとは思えないけど、俺にできる唯一の対抗手段。

 スルーを続けて個人情報を書かれ続けても迷惑なので早い段階で決着を付けてしまいたかった。


『塾で知り合った時から、女装したら可愛いだろうなって思ってたの』

 

 塾? まさかこのコメントをしてくれてるのって……ハルさん?

 だけど勘違いでリアルの名前をネット上に出すのは気が引ける。

 今自分がされていることではあるけど、復讐は復讐を生むだけだ。


『もしよかったらその姿で会ってくれませんか? 今度の日曜日、塾の近くのコンビニで待ってます』


 当時と変わっていなければ塾周辺のコンビニは一軒しかない。

 あれから2年くらい経っているけど街並みは変わっただろうか。


 別の中学に通っている俺に気さくに話し掛けてくれたハルさん。

 見た目はちょっと男前だけど何気に胸は大きくて、距離感の詰め方にドキドキしていた。


『考えておきます』


 はっきりとした答えを出すのはなんだか恐くてあいまいな返事を書いた。

 そこからハルさんと思しき人物からのコメントは止まってしまう。

 

 俺とハルさんの関係は他の誰も知らないはずだ。

 だからコメントの主はきっとハルさん。


「ソロラブコメは早くも終わりかあ!」


 ベッドにダイブすると思わず顔がニヤケてしまう。

 1番可愛いのは女装した自分だと考えていたのに、思い出の女の子からアプローチされてこれほどまでに舞い上がってしまうとは。


 やはり他人として触れ合えるリアルの女の子が持つ魅力はすごいと感心する。

 夢ではないことを確認するためにスマホでインスタを見ると、しっかりとハルさんとのやり取りは残されていた。


 スマホとパソコンを駆使したソロラブコメは早くも終わりを迎えるようだ。

 

そんな俺のベッドの上には、中3の時に父親から譲り受けたタブレットが転がっている。

 さっきまで電源が入っていたタブレットは数分間放置されると、自然にスリーブ状態になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

鏡の向こう側 くにすらのに @knsrnn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説