雨と夜と詩子!

一陽吉

第1話 遭遇

「姉ちゃん、雨がふりそうだね」


「そうね、早く帰りましょう」


 弟、翔太しょうたの声に、たきぎ詩子うたこは同意して答えた。


 ────六月初旬の土曜日。その夕方。


 二人は地方都市の中心部にあるアーケードを歩いていた。


 ショッピングや飲食店など、娯楽を目的としたビルが並び、多くの人が行きかって賑わいをみせている。


 姉弟にとっては地元の街。


 今日は映画を観に訪れていた。


 詩子は市立高に通う一年生の女子高生であり、ラノベ好き。


 翔太は保育園に通う五歳児のわんぱく男子。


 そして、詩子の好きなラノベがアニメ映画になり、街中を見て回りたい翔太と意見が一致して、今日の運びとなった。


 注目の映画を観れて満足の姉と、映画はそこそこだが、街中の賑やかさに触れて満足の弟。


 そんな構図での帰り道だが、ふと気がつけば空は厚い雲が広がり、今にも降りだしそうだ。


 いちおう詩子のバッグには折りたたみの傘があるが、私服の翔太と違って、詩子は制服だった。


 部活にちなんで学校へ寄る都合もあっての服装だったが、月曜からのこともあるし、できれば濡らしたくない。


 この先の交差点を抜け、バスターミナルに向かうために二人は足を早めた。


「あれ、あの人……」


 翔太の声で詩子が見ると、そこに一人の男が立っていた。


 年齢は三十から四十才くらい。


 百九十センチはあると思われる大きな身体で、ロングコート、ズボンといった格好ながら筋骨隆々の体型が分かる。


 軍用のブーニーハットを目深に被り、靴もそれにちなんだ物であるようだ。


 基本的に白を基調とした姿だが、インナーのTシャツは黒であり、ラフさを感じる雰囲気はまさに軍人、戦士といった感じだった。


 たしかにちょっと目をひくが、違和感は他にもあった。


 信号が青にもかかわらず、立ったまま動こうとしなかった。


 まるでこちらが来るのを待っているかのように。


「……」


「姉ちゃん……?」


 嫌な気配を感じ、詩子は翔太の手を握って、男を大きく避けて行こうとした。


 すると男は自分を追い越していくスーツ姿の女を見やった。


 男の目を見たスーツ姿の女はそのまま真っすぐ進まず、姉弟の前に立ちふさがった。


「すいません」


 ぶつかり、謝る詩子。


 だが、二十代後半のサラリーマンらしきスーツ姿の女は、視点が定まらない様子で遠くを見ていた。


「いやーすまんねえ、ちょっと聞きたいんだが」


 言いながら男が寄ってきた。


「坊や、薪翔太くんで間違いないないかな?」


 しゃがみ込み、翔太の目線に近づけて話す男。


 不精髭ぶしょうひげを生やした顔で、にこやかにするが、体型の迫力がある。


「う、うん……」


 小さくうなずいて答えると、翔太は目をこすった。


 男の目を見た瞬間、かゆいような変な感覚があったからだ。


「はは、そうか。そいつは良かった」


 改めて男はにっこりと笑った。


「あなた、どちら様ですか?」


 警戒しながら詩子が男に訊いた。


「ああ?」


 立ち上がりながら詩子を見る男。


 目と目があうと、詩子も変な感覚にとらわれ、パチパチとまばたきをした。


「ハッハッハ、そうか、姉弟そろって力があるってことか」


 そのことに、男は豪快に笑って言った。


「だが、翔太くんで十分なんだよな」


 翔太は怯えた様子で、姉の手を強く握った。


「だから、あなたは誰なんですかっ」


 声を強めて詩子が改めて訊いた。


「俺か? 俺はな、ドランクってんだ」

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