幼馴染は独占されたい
月之影心
幼馴染は独占されたい
トントントントン……トンッ
『おはようハニー。今日もハニーへの口説き文句を考えるよ。』
ポコンッ♪
『私はハニーなんて名前じゃないわ。誰か口説くのね。頑張って。』
トントントントン……トンッ
『はっはっはっ。照れなくてもいいのに。』
ポコンッ♪
『照れる要素なんかあったかしら?』
トントントントン……トンッ
『拗ねるなよハニー。僕が口説くのは一人だけだよ。』
ポコンッ♪
『拗ねる要素も無いわよ?口説く相手がハニーさんって言うのね。頑張って。』
トントントントン……トンッ
『ハニーさんって誰だよ?日本語しか喋れない僕に外国の方はちょっと……。』
ポコンッ♪
『冗談よ。今日はどうするの?』
トントントントン……トンッ
『勿論そっちに行くよ。』
ポコンッ♪
『そう。今日は家に誰も居ないの……。』
トントントントン……トンッ
『そ、それは……つまり……。』
ポコンッ♪
『ええ。そういう事よ。』
トントントントン……トンッ
『ついに僕の愛を受け入れてくれるんだね。』
ポコンッ♪
『愛はいくらでも受け入れるから留守番お願いね。』
トントントントン……トンッ
『留守番?』
ポコンッ♪
『言ったでしょ?誰も居ないって。』
トントントントン……トンッ
『落語かよ。』
**********
日曜日。
軽く朝食を済ませて幼馴染の
僕は
就職活動も早々に第一希望の企業から内定を貰って終了し、後は卒論だけを残して週一で学校へ出向くだけの大学4年生だ。
萌々香とは物心付いた頃からの付き合いで、気が付けばいつも一緒に居て、そして気が付けば僕は萌々香の事が好きになっていた。
だから今朝のLINEのやり取りみたいに、事ある毎に愛に溢れる言葉を綴っているわけだが、未だ僕の想いが伝わる気配は無い。
**********
ポコンッ♪
『それで何時頃来るの?』
トントントントン……トンッ
『呼ばれればすぐにでも行くぞ。』
ポコンッ♪
『じゃあ3秒以内に来て。5秒後に家を出るから。』
トントントントン……トンッ
『はははっ。どこまでも照れ屋さんだなぁ。』
……未読……
「ん~……どうすればこの想いを伝えられるんだろうか……。」
ポコンッ♪
『来ないなら本当に出掛けるわよ?』
トントントントン……トンッ
『すぐ行きます。』
**********
萌々香の家は僕の家のすぐ隣にある。
我が家の玄関を出て実に1分の道のりである。
ピンポーン
『はぁい!どちら様?』
家の中から萌々香の声が問い掛けてきた。
「隣に住んでいる貴女の王子様です。」
『間に合ってまぁす!お引き取りくださぁい!』
「ごめんなさい……僕です睦月です。」
カチャっと金属音がしてドアがゆっくり開かれた。
ドアの向こう側には無表情の萌々香が立っていた。
「どうぞ。」
「お邪魔します……。」
開いたドアをくぐり、萌々香の家の中へ入る。
家の中は静まり返っていた。
いつもなら
まぁ今のところ『進展無し』としか言えていないのだが。
「今日は随分と静かだね。」
「だから今日は誰も居ないって言ったでしょ?」
萌々香は階段を昇りながら振り向きもせずそう言った。
「
「ええ。お父さんは山へ柴刈りに行ったわ。」
「へぇ~……じゃあおばさんは川へ?」
「私は萌々『香』……桃『太郎』じゃないし、お父さんもお母さんもまだまだ若いわ。」
「ゴメンナサイ……。」
2階に上がり萌々香の部屋に入る。
仄かに漂う香りはホワイトムスク……確か今年の萌々香の誕生日にプレゼントしたアロマがそうだった筈だ。
「それで今日は何かしら?」
萌々香はベッドの縁に座ると僕の顔をじっと見て問い掛けてきた。
僕は萌々香の真正面に立ったまま萌々香の顔を見詰め返した。
「萌々香。」
「なぁに?」
「好きだ。」
「いきなりね。と言っても昨日も一昨日もその前も同じ言葉を聞いたけど。」
萌々香は眉一つ動かさず、僕の顔をじっと見たまま言った。
負けじと僕も萌々香の顔から視線を外さずに見詰め続けている。
萌々香はいわゆる『クールビューティ』と呼んでも差支え無い美人さんだ。
切れ長の目に真っ直ぐな鼻筋、キリッと結ばれた唇は薄めで、歯を見せて笑う事は滅多に無い。
初対面であれば冷たい印象を受けがちだが、幼い頃から知っている僕は、萌々香の柔らかく温かみのある笑顔や優しい気遣いを知っているので、一度として『冷たい人間』などと思った事は無い。
そして、スリムな体型でありながら、服の上からでも出る所は出て締まる所は締まっているのが分かる。
「何度でも言える。僕は萌々香が好きだ。」
「ありがとう。で?」
「で?」
「私の事が好きなのは知ってるわ。毎日のように言ってくれているから。それで?」
「僕と付き合ってくれ。」
ふっと小さく息を吐いた萌々香は少しだけ機嫌を損ねたような目付きになっていた。
「30点。」
「さ、さんじゅってん?」
「100点満点で30点。」
「随分低くね?」
「『好きだ』の一文字10点で合計30点。」
「他は一切評価無しなの!?」
「無しよ。」
「リテイクを要求します。」
「今日は却下です。お帰りは後ろの扉からどうぞ。」
「まぁ待てよ。一体何がダメなんだ?赤ペン先生だって何が間違えてるか教えてくれるぞ。」
萌々香は今度は大きく溜息を吐き、肩を落とした。
「それは貴方が考えるべき事よ。誰かに教えられた想いなんか少しも心に響かないわ。」
それもそうだ。
滞在時間5分……僕は萌々香に背を向けて部屋を出ると、そのまま家へと帰った。
**********
何が足りないのだろうか。
もう何十回何百回と萌々香に『好きだ』と言ってきたし、『付き合って欲しい』も数え切れない程言ってきた。
『好きだ』については受け取って貰えていると思っているが、実際萌々香が僕の事をどう思っているか……そう言えば、萌々香の口から僕の事が好きだとは聞いた事が無い。
なるほど。
僕の一方的な想いを伝えるだけで萌々香の気持ちを考えていなかったという事なのかもしれないな。
トゥルルルルルッ……トゥルルルルルッ……
『もしもし。』
「あぁ睦月だけどちょっといいかな?」
『なぁに?』
「僕は萌々香の事が好きだ。」
『ありがとう。』
「萌々香は僕の事をどう思っているの?」
『好きよ。』
しまった……録音しておけば良かった……。
「あ……うん……ありがとう……。」
『それだけ?』
「え……あ、あぁ……うん……それだけ……ありがとう。」
プツッ……
直接ではなかったが、萌々香の口から僕の事が好きだと聞けただけでも収穫だと思う事にしよう。
しかし、相思相愛であるのに何故萌々香は僕と付き合ってくれないのか。
『ストレートに告白』してもダメ。
『他に好きな人が出来て告白する事にした』作戦もあっさり見抜かれて失敗。
『詩を作って読み聞かせて心を動かそう』作戦はドン引きされた。
『プレゼント贈って靡かせよう』作戦はただの誕生日プレゼントになった。
『シカトして気を惹いてみよう』作戦は僕の方が耐えられなくなって終わった。
何も思い付かないまま、僕はいつの間にか夢の中へと沈み込んでいた。
**********
目の前に萌々香の顔がある。
あぁ、僕はまだ夢の中に居るのか。
夢ならこのまま醒めないで欲しいものだ。
「お昼ご飯出来たわよ。」
萌々香の手料理美味いんだよなぁ。
毎日あれが食べられるようになったらどれだけ幸せな事か。
「睦月君の好きなドライカレー……早く起きないと冷めちゃうよ。」
夢の中の萌々香だから僕の好みはバッチシ押さえてるね。
まぁ当然か。
僕の夢だからね。
「萌々香の料理は冷めても美味しいから……それより萌々香が欲しい。誰にも渡さない。僕だけの萌々香で居ろ。」
僕は手を伸ばして目の前の萌々香の首に腕を回してそのまま抱き寄せた。
何この妙に生々しい感触は……?
それに髪の毛から仄かに漂って来るホワイトムスクの香り……?
夢ってこんなに触覚や嗅覚までハッキリ分かるもんだったっけ?
「……言えるんじゃない。」
聴覚まで明瞭過ぎる。
「え……萌々……香……?」
「睦月君だけの私で居てあげるわ。」
頭が覚醒した時、僕に独占されたい幼馴染は、僕だけの幼馴染になっていた。
「でも、寝惚けてたから70点ね。」
幼馴染は独占されたい 月之影心 @tsuki_kage_32
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