HERE!
@aridesu
HERE!
全部、全部、全部。
始業式の日に、僕を迎えてくれた大きな桜の木の前で出会った君の瞳も。ゴールデンウィークに行く場所もなく、手持無沙汰で君と一緒に飲んだ缶コーヒーのぬるい味も。日本を覆う梅雨前線に二人して苦言を呈しながら、少し気まずく半分こした傘から少しはみ出た君の濡れた肩も。艶やかな夏祭りの会場でリンゴ飴片手にはしゃぐ君と見た明るい花火も。
秋だって、冬だって。君と僕はなんとなく一緒に居て。たまにそういう噂をされることもあったけど、君はいつだって笑顔で流して。いっそ否定してほしかった、なんて僕の面倒な感情など彼女が知るわけがなくて。君が思い人の話をする時ほど苦しいことなんてないはず。だったんだ......。
「今月末、さ。あたし、転校するんだ」
転校、なんて漫画やドラマなんかではよくあるし。実際に転校生や、転校していくヤツを見たことがないわけじゃなかった。でもそれは僕とは全然関係なくて。半透明のすりガラス越しに覗いてた世界というか。
つまり君が転校するなんて思ってもみなかったわけで。彼女の言う住所が電車一本で行ける距離ならまだ良かったけど。僕の耳に断片的に入ってきた単語を聞く限り、それは、海外で。
君は途中から泣き出していた。その滑らかな頬を伝う涙が綺麗だな、なんてのんきなことを考えている自分がいて。
「また、さ。また会えるよ」
そんな根拠などない気休めしか言えない自分に嫌気が差して。一生大人なんかになりたくないと思っていた僕だけど。
「は? あんたが海外? 無理無理、英語も喋れんやろ?」
「......今は無理かもしれんけど、将来絶対行くから」
「好きな子追っかけていくなんてメロドラマやねえ」
「うっさい」
母親の野暮な言動も軽口も今はむしろ助かった。
でも確かに言葉にするだけなら簡単だ。今まで一介の男子高校生だったヤツがいきなり海外行きを宣言したって、まあ無理。しかも彼女には好きな男だっている。勝算は0に近い。
それでも。
「えーでは最後に、転校の挨拶を」
40名ほどのやや大所帯の教室に、教師のよく通る声が響く。
教壇の前に立つ君と目が合った。けど彼女はまるで気づかないように視線を外して、最後の挨拶をしようとする。
「待った!!!」
自分でもびっくりするほど大きな声が出て逆にびっくりしてしまった。しかしもう後戻りはできない。何だ何だと教室じゅうの、君の視線を集める。教師の「静かにしろ!」という罵声も気にしない。
「あ、あ、あの。ずっと、好きでした! いつかもっかいちゃんと告白するんで、その時に返事くれ!」
と、叫ぶだけ叫んで僕は教室を飛び出した。いや普通にあの場にあれ以上居られないだろ!恥ずかしい!後ろから冷やかしの声や口笛が聞こえるがそれも無視。
そうして僕はいつの間にか、初めて彼女と出会った思い出の桜の木の下に来た。あの頃と同じく満開で、下に居ると花びらがはらりはらりと降ってくる。
「はあ、告白の返事聞かなかったの、ヘタレと思われてるか、なあ」
「思ってるよ、ヘタレ」
寝ころんだ僕の視界が桜の花びらから君の顔面に切り替わった。
「は!? なんで追っかけてきてんの!?」
「逆にあたし一人あの空気の教室に居られると思った?」
「うっ、それは」
結局、反論する前に君が僕の隣に腰を下ろした。自然と二人して桜を眺める構図になる。
君は何も言わない。だから僕も何も言わない。ただ、舞い落ちる桜の花びらを静かに眺めるだけ。
「 」
君が何かを言った気がして僕が隣を向くと、君は立ち上がってスカートの裾をはたいていた。そしてうるんだ瞳をこすりながら、やがて笑顔になった。
「遠いけど待ってる! その時に教えるね!あたしの好きな人!」
君の思い人。僕は知っているようでそういえば知らなかったな。名前も容姿も性格も彼女は何一つ教えてくれなかった。ただ「好きな人が居る」という事実、そして「その思いを伝えることはきっとない」ということ。
今更知りたいとも思わないけど、君がこの青空の下、僕を待ってくれているというのなら。もう僕はどこへでも行ける気がした。
大人になるまであと何センチ?
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